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街歩きで人や地域を描く絵本作家 長谷川義史さん(55)(2/2ページ)

2017年2月22日付 中外日報(ほっとインタビュー)

信仰も人を思ってのことです

アトリエでは必ず立って作業し、作品と真摯に向き合う
アトリエでは必ず立って作業し、作品と真摯に向き合う

グラフィックデザイナーからイラストレーターに転身して絵本作家になられたと伺っていますが、絵本作家を目指された理由は。

長谷川物心がついた時から、鉛筆と紙を持って、ウルトラマンや怪獣の絵を描いていました。高校までクラブ活動はせずに、自分の気に入った風景をスケッチしていました。絵本というのは自分で考えた思いを絵と文章で書くので、面白そうだとは思っていました。絵本を出してみたいと思っていましたけど、絵本作家になりたいとは思っていなかったんです。絵だけではやっていけへんからね。絵も下手くそやし。若い時ですから、知名度もないし仕事なんてもらえない。絵を描く仕事に一番何が近いかといったらグラフィックデザインかなあ、と。デザイン会社を辞めてからイラストの勉強を始めて、それが後々絵本を描くことにつながれば良いと思っていました。

学生時代に描いた絵で心に残っているものは。

長谷川小学1、2年生の時に、家族や親戚と道頓堀の戎橋に行ったんですよ。僕は藤井寺の出身ですから、あまりの都会にびっくりこきまして。都会の女性がロングブーツを履いて道頓堀の橋の上を歩いていて、それに衝撃を受けて絵に描いたんですよ。それが大阪府か何かの賞に選ばれて。その絵のことをよく覚えていますね。大阪に憧れとかないねんけど、ただ藤井寺の子どもからしたら、難波は東京みたいな感じで興奮したんでしょうね。でも興奮したことを絵にするのは、絵の基本じゃないですかね。

街歩きをしていろいろな地域を回る中で、最近興奮したものは。

長谷川外国の風景などの見たことのない風景はもちろん、懐かしい風景は絵を描きたくなりますね。子どもの頃に見た風景や思い出は生きてきた記憶やから、どうしようもないんですよ。藤井寺は田舎でもなく都会でもない所で、商店街があって、家が並んでいて、路地裏があって、子どもが路地の前でめんこをして遊んで、という景色ですわ。

長谷川さんの絵は特に人が主役で描かれているイメージがありますが。

長谷川やはり人なんですよね。路地裏になぜ心をひかれるのかというと、そこに住んでいる人がいるからなんですよ。家の前に植木鉢とかアロエの葉っぱとかを置いてあるのは、そこに住んでいる人がおるからです。それに何か哀愁を感じるわけで、そこに人がいなくても人を感じますね。

いろんな所を歩いていて、地域の人にとっての信仰を感じることは。

長谷川神社仏閣はこの年になって目に入るようになりましたが、子どもの頃は遠足に行っても何の興味もなかった。今改めて行くとすごいなと思います。よくあんな立派なものを造れるなと感心するんですよ。宗教的な大きな力を感じるというか、神仏に対する恐ろしさや人間の弱さを同時に感じます。仏像を見ると、自然に手を合わすような感覚になったりして、そういう良さを感じますね。ありがたいなあと感じます。

地域を回る中で石切さん(石切劔箭神社、大阪府東大阪市)に行った時、お百度石の頭がつるつるになっていたんですよ。たくさんの人がお百度参りをして願い事をしているんだと。そして、それは自分のことを願っているというよりか、自分以外のことを願っている人が多い。身内や知り合いが志望校に受かってほしいとか、病気が治ってほしいとかをお願いしているんですね。本人が行けない場合もありますから。それを思って頭がつるつるになっている、信仰も人を思ってのことなんですよね。

お父さんを早くに亡くされていますが、お父さんの思い出は。

長谷川父親が小学1年生で亡くなったから、毎日仏壇に手を合わせていました。だけど、あんまり悲しいとは思わなかったんです。三つ上の姉の方が悲しんでいたけど、あまり悲しいという感覚はなかった。父親との思い出は、『てんごくのおとうちゃん』に書いたように、どつかれた思い出も優しかった思い出もありますね。

84歳になる母親は、父親が亡くなってからは、ミシンで縫い物をして働いたり、市の保育所の栄養士になって仕事をして育ててくれた。絵本でも書いたけど、父親が死んだ時は悲しんでいたけど、その後は子どもにご飯を食べさせなあかんと、切り替えて仕事をしているようでした。「明日から前向いて仕事していかな生活していかれへん」となって、母親の強さをすごいと感じました。子どもを育てなあかんという強さ。世間に対する気合も入ってたんとちゃうかな。親戚も優しく接してくれました。自分にも子どもができてから思ったのは、僕の父親は自分の子どもの成長を感じることなく亡くなったから、無念なことだっただろうな、と。父親になってみて思いました。

絵本を書く上で、意識していることは。

長谷川絵はいまだにうまいこと描かれへんねんけど、できるだけ、小さくまとまった絵じゃなく大きく描くようにしています。うまく描こうとするわけじゃなくて、型にとらわれずに、その瞬間に感じたことであったり、一瞬の生きたタッチであったり、一期一会的なことを大切にしています。そういう思いを持っておかないと、良い絵は描けないと思っています。

また、筆を持たれへんようになるまで描き続けたいと思っています。絵を描くことは楽しい半面、苦しいこともあります。苦しいということは、良い絵を描きたいとずっと思っているということですから、このまま続けたい。絵本のお話というのは、自分の経験したことが自然に出てくるもので、どんな真面目に描いてもユーモアのあるものを描いても、そうした体験は出てくるものです。

ある日、知人から、僕の作品は命のこととか、家族のこととかを中心に描いていると言われたんですね。僕は意識していないんですけど。ただ自然に描いていただけなんですが、生きていく上で大切なことだと思うので。基本的に生まれてきたことがありがたいと思うわけなんです。だから、ずっとそう思ってやっていきたいと思います。

そうすると、どんな作品を描いてもそれがにじみ出てくると思うんです。だから、自分もせっかく生まれてきたんだから、命を全うして死んでいきたいし、自分以外の人の命を奪うという行為は、何があってもしてはいけないこと。そんなことをする戦争とか、絶対嫌ですね。

人間って差別や戦争をするものなんかもしれんけど、愚かな生き物やね。みんな同じように、裸で生まれてきたのに。いまだに分かれへんけど、軍事でお金を得るとかそういう考え方は考えられへんことやと思う。誰か一部の人が決めて、一番弱い立場の人が命を落としているじゃないですか、同じ人間なのに。