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「言葉遊び」としての俳句を提唱する俳人 坪内稔典さん(72)

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2017年3月22日付 中外日報(ほっとインタビュー)

庶民の文化、寺で句会を

「たんぽぽの『ぽぽ』のあたりが火事ですよ」――言葉で遊べる楽しさを知ってほしいとネンテンさん。五七五に心豊かな社会への可能性を見る。

(飯川道弘)

俳人 坪内稔典さん
1944年、愛媛県生まれ。立命館大大学院文学研究科修士課程修了。京都教育大・佛教大名誉教授。俳句グループ「船団の会」代表。2010年、『モーロク俳句ますます盛ん』で桑原武夫学芸賞を受賞。主な著書に『俳句の向こうに昭和が見える』『カバに会う』『ヒマ道楽』など。

妙満寺(京都市左京区、顕本法華宗総本山)で開かれている句会は今年で10年になりました。

坪内妙満寺は俳人・松永貞徳(1571~1654)が初めて俳句の会を開いた句会発祥の地です。俳句を作る人にもまだあまり知られていません。それまで開かれていたのは連歌の会でした。連歌の会をまねして俳句の会をしようという機運が盛り上がり、江戸時代の初めに行われたのです。

連歌は源氏物語や古今和歌集、伊勢物語など古典の言葉を使って作るので、そういう教養がないと作れない。ところが江戸時代の初めにあまり教養はなくても自分たちで表現したいという人が増えてきて、その人たちが俳句に興味を持ったのです。

俳句はもともと連歌の会が終わった後の余興の文芸でした。酒の出る「2次会」で連歌をすると、くだけた五七五になる。読み捨てで記録もされなかったのですが、次第にそういうのも面白いと『犬筑波集』などの記録の本も出て、俳句を作る人が増えてきた。そういう人たちが集まり、自分たちは連歌じゃなく俳句をやろうと俳句の会が始まるのです。

俳句をたしなむ宗教者も多いですね。

坪内俳句を好んだ夏目漱石は、ヨーロッパは俳句のようなものはない、だから大事にすべきだと死ぬまで俳句を作りました。近代の文学者で俳句を大事にした珍しい人です。俳句は漱石の言葉でいえば「風流」ということになりますが、日常を超えて心を現実から別の世界へ少し向ける。その楽しさがとてもいいと言うのです。

この世にだけ関わらず別の世界に触れ合う。宗教的なものと詩歌や俳句はとても近く、似ているところがありますね。

句会は人が集まってくるでしょう。本当はもっとお寺が句会の場所になればいいと思っています。お寺が句会の場になるのは、庶民の文化の在り方として自然なことではないでしょうか。