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「民芸」を仏教へのいざないと考える日本民藝協会会長

金光章さん(76)(1/2ページ)
2017年4月26日付 中外日報(ほっとインタビュー)

トータルな生活美として表現

庶民の普段使いの日用品である「民芸」と共に歩んで四十数年。当初は自然の材料を使い、手仕事で作る物としての民芸を考えていた。だが「民芸」を新たな美として提起した思想家・柳宗悦(1889~1961)の著書には、宗教や仏教の言葉が満ちあふれている。それを読み進むうち柳が目指したのは、民芸を入り口とする東洋思想・仏教へのいざないに他ならないと思うようになった。自分を見つめ、生活の中における美を「実践」することが、柳が考えた本来の民芸ではないかと考えている。

(萩原典吉)

「民芸」を仏教へのいざないと考える日本民藝協会会長 金光章さん
かねみつ・あきら氏=1940年、岡山県生まれ。法政大工学部卒。建設会社を経て、金光建築設計室を開設。岡山県民藝協会会長、岡山女子短期大(現岡山学院大)講師を歴任。日本民藝協会専務理事を経て、2011年から会長。著書に『民藝を楽しむ』など。

柳宗悦が発見した「民芸」の美を持つ工芸品は、主に江戸時代末頃から戦前にかけて作られ、使われた日用品だと思います。実際にそれを作った人たちは、美を意識していなかったと思いますが。

金光当時は作り手の暮らしの中に宗教があったと思います。むしろ人々が、信の世界の中にいたということでしょう。特定の宗教というよりも、職人の中にあった信仰心のようなものが、そのまま民芸品に表れていると思います。

柳先生は宗教学者でしたが、美を見抜く卓越した目を持たれていた。その目で、工芸品を集めて展示する施設を造られた。それが日本民藝館(東京都目黒区)です。

日本民藝館では民芸品の美しさを楽しみ、味わうことができるし、それによって目を養うことが十分にできます。そうやって養った目を、現代に適用すればいいのです。ただ着眼点は大事だと思います。

民芸品の背景にある柳の思想を知ることが大事だと。

金光柳先生が提案されたのはトータルな「生活美」だと思うんです。先生は長年、茶道を研究されました。

初期の茶道では、朝鮮の日用雑器だった茶碗を非常に価値あるものとして珍重し、客をもてなした。それが茶道、つまり「道」になった。ほぼ同様のことが先生が目指したものだったと考えます。

「道」には深い精神性が求められる。点前や作法を習いますが、「茶禅一如」の言葉があるように、本当に学ぶべきものは禅の心です。民芸もそれと同じです。暮らし方と言いますか、そのために道具を使うわけですが、道具を見る目を持ち、それを生活美に表現しなければならない。先生はそれが言いたかったのではないかと思います。