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「民芸」を仏教へのいざないと考える日本民藝協会会長

金光章さん(76)(2/2ページ)
2017年4月26日付 中外日報(ほっとインタビュー)

自宅で所蔵している古信楽の壺を慈しむ金光氏。後方の軸は原田老師の揮毫
自宅で所蔵している古信楽の壺を慈しむ金光氏。後方の軸は原田老師の揮毫

民芸の背景にある宗教思想、仏教思想とは何でしょうか。

金光私自身、十分に分かっているとはいえませんが、仏教の核心は無心だと思います。無心になって作られた物を、無心の目で眺めれば、その美しさが見えるというのが民芸の着眼といえましょう。

例えば絵画で言えば、有名な画家が描き、値段が高ければ優れた作品だと思いがちだが、柳先生は自分の「直観」こそを大切にする。それを基本とされた。その直観によって、庶民が作り、庶民が日常使う物の中に、美術品に負けない美しさがあることを見つけた。概念や妄念を取り去ってしまう直観は、すなわち仏教だと思います。

これからの時代に、民芸の理念にふさわしい日用品の生産は可能でしょうか。

金光今の時代でしたらデザインに当たるでしょう。デザイナーのものの考え方になりますが、精神的に豊かな人が、そういう表現ができるということになるでしょうか。

陶芸で言えば、濱田庄司、河井寛次郎。染色では芹沢銈介らが、これが民芸だという一つの型を作りました。私の地元の岡山では、倉敷で外村吉之介氏が女性たちに織物指導をしていた。そういう型の中にいることが今の民芸のようです。

柳先生の考えを忠実に表現し、これが民芸調という形の物を作ることは現在でも可能です。作り手は、その基本を学び、型をつかんだ後は自由に自分のスタイルで作ればいい。型をつかむことと並行して精神性を学ぶことが、民芸に求められている。要するに人間性を養うことになります。

そういう製品は、今も日本民藝館展で毎年新作を募集して、入選作を決めて販売しています。結構人気があるんです。

ただ生活様式が大きく変化し、かつてのように物を作るにも、自然の素材が手に入らなくなっていると思いますが。

金光民藝館に行くと、良い物があっても、大半は現代の生活に合っていない。蓑などは、現代の素材で作られた雨具の方がはるかに実用的です。昔の物をそのまま使っていこうとしても無理です。

柳先生の後継者の中には、もう民芸は終わりだと言われる方もいます。あまりにも生活文化が変わってしまった。その上、工業化が進み、肝心の手仕事が意味を成さなくなってきた。それでもやっていこうとすると、部分的には続くでしょうが、極めて細い道です。

その半面、柳の思想はこれからもっと見直されていくものでしょうか。

金光そう思います。要するに仏教ですよ。

民藝協会を構成する皆さんは作り手と販売の人が多く、民芸品を作製し、多くの人々に行き渡るように努力されています。その中にあって、私は柳先生の思想そのものを広めていきたい。先生が考えられていたのは、民芸を通じての仏教へのいざないだと思いますから、それを広めていければと思います。でも民藝協会の中では少数派です。

禅に傾倒されているそうですが。

金光今76歳で、年齢的にも死を意識します。別に健康を害しているわけではありませんが、生きている限り良い生き方をしたい。では何が良い生き方かと言えば、仏教的に生きることだと思うんです。中には民芸を通して平和論を唱える人もいますが、そうではなくて民芸の考え方を実践していくと結果的に平和になっていくものだと思う。

私は曹源寺(岡山市中区、臨済宗妙心寺派)の原田正道老師の教えを、できるだけ守っていきたいと思っています。原田老師は悟りの道を説かれますが、私自身はそれは目標ではあるけれども、とてもできそうではない。でもそれを心掛けていきたいと思う。

もう30年近く、曹源寺の日曜坐禅会に参加しています。自宅でも毎日朝10分ほど坐るようにしています。冬は寒いので回数は減りますが。とても教科書通りでなく、何が本当の坐禅なのかを思いながらも、坐りたくなるんです。

また去年は受戒をさせていただきました。

受戒を決意された理由は。

金光何か一つ、自分の気持ちの中に区切りを付けたかったと言いますか。そんな必要はないと言えばないのだけれど、戒を受けて何か楽になりました。

私は民芸を仏教の入り口と受け止め、それを自分の中心に据えて、これからの人生を送りたい。華やかなものでなく、質素で簡素な美しさに魅かれ、それを作る人々の心に触れ、自分でも生活美として、それを表現していきたいと願っています。