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後進の指導に当たる柔道五輪金メダリスト 吉田秀彦さん(47)

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2017年6月14日付 中外日報(ほっとインタビュー)

明日をみつめて今をひたすら

柔道の世界で頂点に立った。中学時代に愛知県から東京の名門私塾「講道学舎」に入門した。現役時代は出羽三山で断食修行をするなど、自己を厳しく鍛えた。2002年からは総合格闘技に参戦。ブラジリアン柔術を代表するホイス・グレイシーを倒すなどして柔道の強さを世に知らしめ、格闘技ブームの火付け役の一人となった。

現在は実業団を指導、東京五輪代表の育成を目指す。「人間誰しも自分に甘くなる」と語り「あと一歩を追い込ませること」が指導者の役割だと強調する。

(赤坂史人)

後進の指導に当たる柔道五輪金メダリスト 吉田秀彦さん
よしだ・ひでひこ氏=1969年、愛知県生まれ。全日本学生柔道体重別選手権大会78キロ級3連覇など、国内外の大会で多数の優勝。バルセロナ五輪金メダル。2002年に総合格闘技に参戦し、様々な選手と技を競った。吉田道場師範、「パーク24」柔道部総監督。

柔道を習い始めたきっかけは。

吉田小学4年の時、習い事もしていなくて、ただやんちゃで悪ガキだったんです。ある日、新聞の中に柔道教室の広告が入っていて、それを見た親父が「お前、やれ」と。それだけです。柔道をやれば少しはまともになるんじゃないかと。

その後、五輪で金メダルを取るなんて誰も思っていませんでしたので、両親は本当にびっくりしていました。

柔道を通じて出会った仲間が非常に良かったですね。休みの日でも柔道の仲間と遊んだり、今でも一緒に仕事をしたりと、その「縁」に救われています。

中学3年で東京へ出たのはなぜですか。

吉田親父に「行け」と言われて。中高生が一緒に暮らす柔道の私塾「講道学舎」に入りました。そこはすごい世界でしたよ。永平寺並みですね(笑い)。高校生がいるので中学3年になっても先輩じゃないわけですよ。昔は精神修行とか、努力、根性、気合の時代でした。今みたいに科学的トレーニングがあるわけでもないので。

とにかく途中で逃げ出して実家に帰るというのが非常に恥ずかしかったので、取りあえず我慢して早く卒業したいなと。今考えると理不尽なことがいっぱいあったんですよ。そういう経験をしたから、社会人になってからも大抵のことではくじけないようになったと思います。