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寺社の魅力を伝える「御朱印ガール」 篠原ともえさん(38)

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2017年11月22日付 中外日報(ほっとインタビュー)

寺社に自分のルーツ求める

お団子頭に、原色をふんだんに使った服装、腕には大量のアクセサリーを着け、1990年代後半に「シノラー」ブームを巻き起こした。歌手としてデビューしたが、現在はタレント、デザイナーなど幅広く活躍している。

彫刻家・籔内佐斗司氏との出会いをきっかけに仏像や寺社に関心を持つようになり、御朱印ガールとして各地を巡る。仏像を目の前にすると、その仏像が刻んできた歴史や物語、自分に至るまでの先祖の存在を感じるという。

(甲田貴之)

寺社の魅力を伝える「御朱印ガール」 篠原ともえさん
しのはら・ともえさん=1979年、東京都生まれ。16歳で歌手デビュー。自身のデザインによるファッションは注目を集めた。2017年、特別展「運慶」を機に設立された「運慶学園」では手芸部長として仏像の魅力を伝えている。

奇抜なファッションと個性的なキャラクターで一世を風靡した「シノラー」を振り返ってみていかがですか。

篠原自分で洋服をデザインし、髪型もアレンジして自分が似合う格好を追求したファッションが「シノラー」でした。プライベートでもカラフルな格好だったので、周りが私のファッションに驚くことに驚きました。ただ、ファンの皆さんがまねをしてくれたのは、うれしかった。

腕輪は、100円均一で買ったビーズで自作していましたが、後にファンの方から頂くようになりました。小学生の子は限られたお小遣いで作ってくれたんだろうなと思うと感動して、頂いたものを全部着けようとしているうちに、アクセサリーが派手になっていきました(笑い)。シノラーファッションはファンと共に少しずつ出来上がっていきました。

くねくねした動きや「グフフー」が口癖といったキャラクターは演じていましたか。

篠原幼い頃から芸能界への憧れがあって、当時の私にとってはテレビに出たり、ライブをしたりする一つ一つの瞬間で、夢がかなったという喜びがありました。そんな抑えきれないうれしさと、緊張の結果があのキャラクターでした。私のキャラクターまでまねてくれる人が多くて、親御さんから、シャイだった子どもが明るくなったというお手紙を頂いたこともありました。

その頃から仏像に関心はありましたか。

篠原まさか、仏像が好きになるなんて思ってもみなかったです(笑い)。ただ昔から、洋服やデザイン、歌、星など好奇心が旺盛でした。2011年にテレビ番組「彫刻家・籔内佐斗司流 仏像拝観手引」への出演のオファーを頂きました。籔内先生が何事にも興味を持ってくれる女の子が良いのではないかということで、私を指名してくださったそうです。

仏像も宗教も全く知らなかったので、何か勉強することはありますかと尋ねると、籔内先生は善財童子の話をしてくれました。「53人の善知識を訪ね教えを請い、最終的に悟ったように、あなたも仏像や僧侶に会って感じることが学びになる」と言われ、当時はどういうことか分からなかったのですが、徐々に実感できるようになりました。

仏像を拝観する上で大切にしていることは。

篠原籔内先生には祈りの対象としてはもちろんですが、制作者としての視点を教えていただきました。災害を想定して乾漆造で移動をしやすくしたり、多くの人が参拝できるようにとお姿を大きくしたり。作る側と拝む側の双方の物語を知ると、その仏様から目が離せなくなります。

福島県会津坂下町の恵隆寺の8・5メートルもある立木観音様は圧巻で、目の前にした瞬間にぶわっと手を合わせてしまいます。その仏様に手を合わせたであろう昔の人たちが思い浮かんできて自分が仏様やお寺の歴史に入り込んで、万人のご先祖様の存在や残された思いを感じます。特定の信仰があるわけではありませんが、一番力を頂いているのはご先祖様だと思っています。