ニュース画像
倒壊した日蓮宗妙徳寺(大阪府茨木市)の山門
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> ほっとインタビューリスト> 第158回芥川賞を受賞、インドで暮らす作家 石井遊佳さん

第158回芥川賞を受賞、インドで暮らす作家 石井遊佳さん(54)(1/2ページ)

2018年2月14日付 中外日報(ほっとインタビュー)

「私は私でない」仏教に学ぶ

「『インドで人生観変わりましたか?』とよく聞かれますが、別に変わらないです」と笑う。10代から身辺雑記を、20代から小説を書いてきた。30歳頃、『文學界』新人賞の最終候補に残るも、その後、受賞とは縁のない投稿生活を送ってきた。現在はインドで暮らし、IT企業で社内研修として日本語を教える傍ら、時間を見つけて小説を書く。

仏教を学び研究して得た「私は私ではない」という確信が随所に反映された作品が今回、作家の登竜門とされる芥川賞に輝いた。

(中村晃朗)

第158回芥川賞を受賞、インドで暮らす作家 石井遊佳さん
いしい・ゆうか氏=1963年、大阪府生まれ。日本語教師。東京大大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。インド・タミルナードゥ州チェンナイ市在住。小説『百年泥』で第158回芥川賞受賞。

2015年にインド南部を襲った大洪水の現場に居合わせた体験を基に、リアルと幻想を織り交ぜた本作に込めた思いを教えてください。

石井15年にインドに渡り、日本語教師をしています。16年の終わり頃から2~3カ月、暇な時間ができまして、今まで書きためたものもあり「小説書いたろうか」と思ったら、奇跡的にスラスラ書けた。読み返してみると、それまで蓄積したものが出てきていますね。今までに体験したこと、考えたことなどが細部にはめ込まれ、つながった総決算が本作なんです。

東京大大学院のインド哲学仏教学研究室で学ばれていますね。

石井早稲田の法科を出てから小説を投稿していたのですが、小説っていろいろなことを調べ、それを基に構成して書きますよね。ところが、何度も何度も必要が生じ、知りたいと思って本を読んでもサッパリ分からない。それが仏教だったんです。日本人の精神的な根本を形作っているものが何か知りたくて、東大の印哲に学士入学しました。

当時の専門は。

石井今は名誉教授になられた斎藤明先生や、現・浄土真宗本願寺派総合研究所所長の丘山新(願海)先生の下で、中国語や漢文も学んで、中国仏教を研究しました。

06年頃、修士論文を書き上げ、学会発表も終えてこれからという時に、夫がインドのバラナシへの留学を決めたので「こんな機会はないかも」と思い、一緒に行ったのが1度目の渡印です。

インド生活の中では、輪廻などインドに特有の思想も身近に感じますか。

石井インド生活とは関係ないですけどね。日本人はインドに興味はあるが、あまりインドのことを知らないですよね。インド人って現実的でしょう。超越的・彼岸的思考をするかといえば全くそうではなくて、私たち以上に現実的。神様信仰だって現実の一部として行っていますよね。

インド人が宗教的であるということは正しいが、宗教の定義が違うから、日本人のイメージとは全く違う。皆大体神様やサイババのステッカーを持ち歩くなど、当たり前のこととしてそうしている。

対極にあるものじゃなくて、現実そのものとして神様を信仰している。その辺、宗教観が全然違いますよね。

インドで生まれた仏教と日本仏教は違いますか。

石井仏教はインドから西域、中国、日本と渡ってくる間に大きく変わってしまって、かなり中国っぽい仏教ですよね。インドに仏教が生まれた頃だって、ほんの一地方に広まっただけで、仏教がインド全土で流行った時代は一度もありません。

僧侶たちは僧院の閉ざされた空間で瞑想的な生活を送っていて、教団を周りの人たちがお布施で支える。仏教は、民衆皆が信仰するものであったことは一度もなかった。それが遠い日本まで来たということにはロマンを感じますが。