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禅に深く傾倒する京都フィルハーモニー室内合奏団音楽監督

齊藤一郎さん(49)(1/2ページ)
2018年2月28日付 中外日報(ほっとインタビュー)

音楽で「人牛倶忘」の悟りを

「自分の中で禅が大きな位置を占めています」と話す。毎日10分でも、15分でも坐禅を続けている。「まだ空になるところまで到達していませんが、空になると本来の自分を取り戻せる気がします」。同じように音楽も、本当に集中すると指揮をしていることさえ忘れる状態になるそうだ。タクトを振るときは演奏者に指示を出し、奏者もそれを感じ取って演奏する。「もっとすごいのはお互いがそれを意識せずに自然に音楽が流れているときです。それは坐禅と似ています」

(萩原典吉)

禅に深く傾倒する京都フィルハーモニー室内合奏団音楽監督 齊藤一郎さん
(セントラル愛知交響楽団提供)
さいとう・いちろう氏=1969年、福井県生まれ。東京学芸大、東京芸術大卒。セントラル愛知交響楽団常任指揮者(現首席客演指揮者)を経て、2014年4月から京都フィルハーモニー室内合奏団音楽監督。古典作品はもとより、現代邦人の作品に積極的に取り組み、高い評価を得ている。

音楽の道を志されたきっかけは。

齊藤小さい頃からピアノを習っていましたが、音楽家になろうとは全く考えていませんでした。高校1年の時、セルジュ・チェリビダッケ氏(故人)が指揮するミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聴いて、電撃で打たれたようなショックを受けました。ああ、もうこれしかないと思った。

当時は福井の田舎で音楽を聴く機会が少なかった。だから感情もものすごくセンシティブ(敏感)だった。演目はブラームスの交響曲でしたが、すごくびっくりして、それまで見たどの指揮者よりもオーラを発していた。指揮者とオーケストラが単に共同作業をしているのではなく、空間に透明感があり、サウンドも深く、ひと言で言えば感動したということです。

その感動を受けた後は。

齊藤東京学芸大に進み、また東京芸術大に入り直して1年生から学び、3年生の時に27歳でデビューして、卒業後はすぐにウィーンに行きました。ウィーンでは、それまで遠くの存在だった作曲家たちが環境的にも文化的にも近い存在になり、レッスンも日本で日本人の先生から習っているのとは違って、カルチャーショックを受けました。その後、NHK交響楽団のアシスタント指揮者に決まり、帰国しました。

子どもの頃から仏教と縁があり、御詠歌を聞かれていたそうですね。

齊藤好んで聞いていたわけではなく、祖母がよく歌っていた。実家は浄土宗の檀家で「坊主部屋」があり、お坊さんが法事でよく来ていました。お経も御詠歌も、そのリズムが身体に染み付いています。

禅との出会いは。

齊藤芸大時代の友人に、今は兵庫県の臨済宗妙心寺派鶏足寺で住職をしている平出大君がいた。彼は絵がうまく、芸術を通した付き合いで毎日遊んでいた。10年ほど前に再会して、「白隠禅師坐禅和讃」を教えてもらった。それを今も読んでいます。また、平出君を通して小倉大岳さん(妙心寺塔頭金牛院副住職)との縁もできました。小倉さんは人としての道を踏み外さないように、私を見守ってくれている友人で、坐禅も勧めてくれました。最初は結跏趺坐をするだけで、足が痛くて仕方がなかったですが。