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「不登校ゼロ」の公立小の初代校長 木村泰子さん(68)(1/2ページ)

2018年4月25日付 中外日報(ほっとインタビュー)

嫌なことは人にしない約束

2006年に開校した大阪市立大空小(住吉区)の初代校長として「不登校ゼロ」の同小の基礎を築いた。

「奇跡の小学校」ともいわれる大空小では、障害の有無を問わず同じ教室で学ぶ子どもたちが、日々のトラブルを自分たちの力で克服しながら一歩一歩成長。教員の役割は「『教える立場』ではなく、子どもと子どもをどうつなぐのか」。

宗教界でも提唱される「共生」や「多様性の尊重」の実現について、思考の主語を「私」から「相手」に変える必要があると語る。

(池田圭)

「不登校ゼロ」の公立小の初代校長 木村泰子さん
きむら・やすこ氏=1950年生まれ。武庫川学院女子短期大(現武庫川女子大短期大学部)卒。2006年の大阪市立大空小開校と同時に初代校長に就任し、15年の退職後も全国で講演活動を展開。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』など。

大空小の理念は。

木村支援が必要な(障害のある)子どもも、貧困や虐待などの問題を抱えた子どもも、誰一人、排除されることのない学校をつくる。

その理念を掲げて学校づくりを進めました。大空小では各学年の全ての児童が同じ教室で学びます。「障害」という言葉も使いません。

約束は「自分がされて嫌なことは人にしない。言わない」の一つだけ。この約束を破ると、校長室に「やり直す」ためにやって来て、自分で「やり直し」の方法を考えてからまた教室に戻ります。

教員は児童の「やり直し」が大丈夫かの確認はしますが、何かを指導するわけではありません。もちろん「やり直し」をしても同じことを繰り返してしまうこともある。しかし、その時に「やり直そう」とした思いは真実です。「やり直し」は過去を振り返る「反省」ではなく、未来を豊かにするためです。

地域住民の出入りも自由な「開かれた学校」とも。

木村地域の人全てが「自分でつくる学校」です。学校は教員や教育委員会のものではない。地域の人材をつくる場なのだから、そこに地域の全員が関わるのは当たり前。

モットーは「できるときに、できる人が、無理なく楽しく」です。登下校の見守りもあれば、清掃もある。学習支援のために授業中に教室に入ってくる方も珍しくありませんし、児童も当たり前のように受け入れています。

ある時、年配の男性が「わしは中学しか出ていないが、3年生の算数の2桁の繰り上がりの計算なら教えられる」と、ジュンキという算数が苦手な男の子の席に来ました。

先生はそれを横目で見ながら授業を進めるのですが、その男性は「問題の解き方は分かるが、わしが習った繰り上がりのやり方と今のやり方は違う」と困ってしまった。

すると、それまで繰り上がりの計算に興味を持たなかったジュンキが先生のところに行き、「先生、おじいさんがやり方が分からないと言っているから僕が教えてあげる。だから僕に教えて」と言う。そして、今度はジュンキが一生懸命、その男性に教える。その日以来、ジュンキは繰り上がりの計算に関心が向くようになりました。

一般の見学も自由。

木村ただし、「見るだけ」はお断り。授業などに一緒に参加して一緒に学んでもらうのが条件です。

それは子どもたちにとっていろんな人に触れ合える貴重な機会だからです。画一的な環境では、そこから外れた人や物にバリアをつくってしまう。多様な場や価値観を獲得するためです。

従来の一斉授業では、ジュンキのような「困った子」はその場にいられない。だから大空小では不登校ゼロ、学級崩壊ゼロです。