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人力で人類移動の足取りをたどった探検家 関野吉晴さん(69)

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2018年5月9日付 中外日報(ほっとインタビュー)

宗教は肥大した欲望を抑える

700万年前、アフリカ大陸で生まれたヒトの先祖が、シベリア、アラスカを通って、南米大陸へと移動した「グレートジャーニー」。

この5万キロにも及ぶ旅路を徒歩、カヌー、スキーなど自分の腕力と脚力だけを使って、足かけ10年で踏破した。道中では様々な民族と交流を深めた。彼らは自然と共に生きる大切さを教えてくれた。

経済中心主義で金とモノに支配されている現代では、肥大した欲望を抑えるのが宗教の役割だと言う。

(甲田貴之)

人力で人類移動の足取りをたどった探検家 関野吉晴さん
せきの・よしはる氏=1949年、東京都生まれ。一橋大法学部、横浜市立大医学部卒。人類の足跡をたどる「グレートジャーニー」、日本人のルーツを探る「新グレートジャーニー」踏破を達成。99年には植村直己冒険賞を受賞。現在、武蔵野美術大教授。

なぜ壮大な旅をしようと思ったのですか。

関野大学に入ったら、アフリカとか韓国とかどこかに行きたいと思って探検部を作った。そこでたまたま選んだのが南米のアマゾンだった。

アマゾンやアンデスの人たちは日本人と非常に似ている。友達とか親戚の誰かに似ている。しぐさも背格好も髪の色も全てが似ている。

シベリアに進出した人類はベーリング海峡を渡った。その頃は氷期で、寒い時期で海面が現在より120メートルも低かった。ベーリング海峡は深い所でも50メートルしかない。だから、渡ることができた。そうやって我々と同じアジア系の人々が南米までたどり着いた。

この人たちはいつ、どのようにしてやって来たのかに関心を持つようになって、なじみが深かった南米の南の端からアフリカ大陸へと向かう、人類の祖先とは逆ルートで、10年かけてでも旅をしようと思った。

できるなら家族を連れて、狩猟採集をしながら、当時の人たちの旅を再現したかった。それはできないので、せめて彼らと同じように、風、寒さや暑さ、ほこり、匂いとかを感じたかった。近代的動力を使わず、歩きを中心に、水があればカヌーを使い、雪があればスキー、いろんなものを駆使しながら、自分の腕力と脚力で行こうと決めた。

道程をたどるだけでなく、様々な文化の人々と交流してきました。

関野まずは村に入って、泊めてください、さらには同じものを食べさせてくださいとずうずうしくお願いする。最初は、家も、着ているものも、食べ物も違うということに注目する。でも、住んでいるうちに、しぐさや考え方が似ていることが分かってくる。

日本でアマゾンの暮らしについて話すと、「彼らは何を楽しみに生きているのか」と質問される。「我々とどれほど違うか」を聞こうとしている。そんなときは「あなたが一番楽しみにしているのは何か」と問い返す。

出てくる答えは、家族が仲良いこと、健康であること、仕事がうまくいくこと、そして時々、酒を飲んだり歌ったり踊ったり、小説を読んだりすること。同じなんですよ。小説は民話とか神話。カラオケのような機械がなくても、彼らは楽器を使って歌を楽しむ。何で喜び、悲しむかは近い。死者が出て喜ぶ民族もいるのかもしれないが、少なくとも僕は見たことない。

悲しみ方はそれぞれ異なりますか。

関野悲しみ方は千差万別。1週間以上泣き続ける民族もいるし、案外さっぱりしている民族もいる。心の中は分からないけれど、少なくとも泣き通しではない。

死生観とか世界観に宗教が大きく関わっている。例えばアマゾンのヤノマミは、火葬しないと魂がさまよってしまうと考えている。さらに、彼らは焼いて粉になった骨をバナナ粥に入れて泣きながら飲む。そうして初めて、魂がいくべき所にいく。