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ほとけさまを彫る東京芸術大大学院教授 籔内佐斗司さん(65)

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2018年6月13日付 中外日報(ほっとインタビュー)

仏像も「ものづくり大国ニッポン」

歴史ある古寺の仏像修復を手掛け、巨大な四天王像を造り、軽妙で諧謔に富んだブロンズ作品や奈良県のマスコットキャラ「せんとくん」の生みの親。「掌の記憶」を提唱して、手触りを通した生命感あふれる作品を表現し続ける傍ら、「知足」や「お蔭さまを忘れずに」「しがみつくのはやめなはれ」と説き「楽観道家元」を自称する。東洋的自然観の復権もテーマとする彫刻家はまた、昨今の「博物館の見世物化」した仏像ブームは仏教にとり、ちょっと危うい状況ではと心配する。

(山本雅章)

ほとけさまを彫る東京芸術大大学院教授 籔内佐斗司さん
やぶうち・さとし氏=1953年、大阪府生まれ。東京芸術大美術学部彫刻科卒業、同大学院修了。同大学保存修復技術研究室で仏像保存・修復に携わり、古典技法を基に日本人の自然観・精神世界を独自の造形表現で展開。第21回平櫛田中賞受賞。文章もよくし、著書多数。

専門の彫刻、特に仏像の修復や制作などに関わる「勘所」のようなものがあれば、お聞かせください。

籔内関西人のせいか、どんなことでも「ひとさまに喜んでもろてなんぼ」という気質が染み付いてます。妙に気取ったり、薄っぺらな自己満足に終始している作品、生真面目過ぎる表現は、創るのも享受するのも性に合いません。

表現行為では、作者が創造できるのは全体の80%まで。あとの20%は、作品を求めてくださった方が生活の中で楽しんで作品に意味付けしてくださることが理想だと思っています。仏師が造った仏像が祈られることにより完成するのと同じだと思いますし、建築は使われて初めてその価値が分かります。その点で私の彫刻作品は、西欧起源の概念であるファインアート(純粋芸術)の範疇にないのかもしれませんが、「せやからどうしたん?」という感じです。

文化財修復においては創造行為よりも、もっともっとサービス精神が要求されます。施主に満足してもらわなければならんからです。

多くの仏像をご覧になって感じた、それぞれの時代の信仰の傾向はありますか。

籔内1500年間に大陸から断続的に伝播して発展した日本仏教の歴史は、流行り廃りの歴史といっても過言ではありません。6世紀の黎明期は、朝鮮半島の仏教そのままに釈迦と弥勒と観音の現世利益の仏教の時代です。百済の聖明王から仏像や仏具一式を初めて贈られた欽明天皇は、有力な豪族たちに訊きます。「えらいピカピカのきれいな神さんの像やけど、お祀りした方がええのやろか?」と。開明派の蘇我稲目は「ご近所の国々は皆さん仏像を拝んだはります。我が国だけが拝まん手はおまへん」。一方、朝廷の祭祀をつかさどっていた物部尾輿は「我が国は、むかーしから天つ神、国つ神があまたおられるのに、今さら外来の神さんの像なんか拝みはったら、祟りがおます」と。

結局は蘇我氏を中心に仏教を受容することになる。

籔内聖徳太子の時代を経て、皇室も含め神祇信仰と併存する形で仏法をあつく信奉することになりました。この時期が仏教興隆の第1期で飛鳥寺、法隆寺、四天王寺などが創建された時代です。

白鳳時代に薬師信仰が興り、天平時代になって聖武天皇が提唱した仏教による鎮護国家を目指す大仏信仰が興っていきます。さらに鑑真による唐の仏教スタンダードの戒律の整備が進み、平安京になって遣唐使から戻った最澄や空海による法華経や密教という新しい中国仏教が紹介されるなど、それ以後も我が国は波状的に大陸の仏教文化の影響を受け続けてきました。ただし、大陸のどのような時代の遺品と比べても、我が国の仏像の表現レベルは優れています。ものづくり大国ニッポンは、仏像の歴史でも如実に表れています。