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日蓮系5本山に巨大仏画を奉納した 塩澤文男さん(63)(1/2ページ)

2018年6月27日付 中外日報(ほっとインタビュー)

祈り忘れた若者に仏教を

京都市内の日蓮系5本山に、高さ2メートル、幅12メートルの巨大仏画「釈迦と四天王図」を奉納した。インド・霊鷲山を背にした釈迦を中央に、守護する四天王を左右に配した5枚の絵は法華経の世界を表し、「若い人に日蓮聖人の教えを伝えたい」との願いを込めている。

画家、アートディレクター、音楽家など多彩な顔を持つ。「興味のあることしかしないので、こうなった」と笑うが、それは前衛画家・岡本太郎氏との出会いに衝撃を受け、「無償無目的」の生き方を知ったのが大きいという。

(士竪俊一郎)

日蓮系5本山に巨大仏画を奉納した 塩澤文男さん
しおざわ・ふみお氏=1955年、東京都生まれ。デザイナーとして若者向け雑誌の広告デザインを担当。アートディレクターとしてカルチャー雑誌の編集、ジョン・レノンやローリングストーンズの写真集のデザインなどを手掛ける。東京に事務所を置く一方、2年前から京都市上京区の古い町家にアトリエを構え、東西を往復している。

たくさんの肩書をお持ちですね。

塩澤名刺には「アートディレクター、プランナー、画家、写真家、音楽家」と。勉強以外で興味のあることに集中するタイプなので、好きなことしかしてこなかった。絵を描いているときは画家だし、演奏しているときは音楽家だ。人はこうあるべきだと自己を固定化したくない。芸術にこだわるのは、芸術は自分を救うと同時に他人も助けるという感覚があるからです。

絵を本格的に始めたのは40代から。様々な肩書がありますが、今は画家が本業と言っていいでしょうか。

岡本太郎氏(1911~96)と出会ったのは。

塩澤1986年、31歳の時。若者向けサブカルチャー誌の仕事で岡本氏にインタビューしました。第一印象はユーモアがあり、頭が良くて、それなのに偉ぶらない。パリ・ソルボンヌ大で学び、ピカソとも親交があった哲学的なすごい人ですが、私の知識に合わせて逆に気付かないことを引き出してくれる。

写真撮影となって、汚れたポロシャツからスーツ姿に着替えられたのですが、玉虫色の大きなネクタイ。カメラを向けると、目をかっと見開いて身構える、あの有名なポーズをとる。「もっとリラックスした感じで」とお願いすると「これが俺のリラックスなんだ」。とにかく気取りのない、面白い人でした。

それから親しくさせていただき、教えられたのが「無償無目的に生きろ」という言葉です。施しを求めるな、目的を持つな、自分の好きなことをやって、結果、それが自分の生きる道になることが大事だ、と。最初はピンとこないし、カネも目的もなしにどうやって生きるのか。普通の人生訓の真逆ですよね。しかし、芸術を突き詰めていくと、その意味が身に染みて分かってきて、今や私の人生訓となりました。誕生日が私と同じなのも不思議な因縁を感じます。

仏画を京都の5カ寺に奉納するいきさつは。

塩澤私は以前から「自分の美術で京都の古いお寺を再興したい」という夢を持っていました。私の作品を下絵に刺繍のジャンパーを作った京都のアパレル会社の若い社長がそれを聞いて、お手伝いしたいと。昔からの知人の日蓮宗寺院の住職を紹介され、今年の日像上人生誕750年報恩大法要に向けて仏画を日蓮系5カ寺(妙顕寺、妙覚寺、立本寺、妙蓮寺、本能寺)に1枚ずつ分納することになりました。仏画をお寺に奉納するのは初めてでした。

私の実家は祖父母の代から熱心な法華経の信徒で、毎日お経を上げるので、南無妙法蓮華経は身体に染み付いています。私の仏画が法華経の発展につながればいいな、と。