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お寺を愛する映画プロデューサー 鈴木敏夫さん(70)(1/2ページ)

2018年8月8日付 中外日報(ほっとインタビュー)

仏教とは付かず離れずの関係

『禅とジブリ』(淡交社)、『南の国のカンヤダ』(小学館)という仏教に関連する2冊の新刊を上梓。名古屋の宗門校で学んだ10代の頃から、日本やタイで寺巡りをする現在まで「ずっと身近なところに仏教があった」。

「千と千尋の神隠し」「かぐや姫の物語」など、宮崎駿監督や故高畑勲監督のほぼ全劇場作品を世に送り出したスタジオジブリの名プロデューサーが、自身と仏教との知られざる縁について縦横無尽に語った。

(中村晃朗)

(撮影=松永直子)
(撮影=松永直子)
すずき・としお氏=1948年、愛知県生まれ。映画プロデューサー。慶応義塾大文学部社会・心理・教育学科社会学専攻卒業。第64回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

『禅とジブリ』、ありそうでなかったテーマです。

鈴木かねて仏教に興味がありましたが、あまり公言していなかった。なのに歌手の加藤登紀子さんが新聞の連載で「鈴木敏夫さんは、話の受け答えの仕方がほかのプロデューサーと全然違う。まるで禅の坊主みたいだ」と書いてくれたことを覚えています。

愛知の東海中高で6年を過ごしていますね。

鈴木実家の菩提寺と同じ浄土宗系の仏教校で、学園長・理事長は増上寺の椎尾弁匡法主。年に1度の講話で「私の名前はベンキョウ。これは勉強しようということだ」と毎度大真面目に話す。

念仏は独特なイントネーションで「ナムアミダブ……」と繰り返すのですが、今でも称え方を覚えています。その後、20年くらい前に、お墓を移した先のお寺の住職から改宗を迫られて浄土真宗の門徒になりましたが、まあ同じ念仏を称える親戚ですからね。

学生時代に、円覚寺で参禅体験もしていますね。

鈴木慶応大に入学し、横浜の日吉本町に下宿して初めて買った本が、たまさか本屋にあった『鈴木大拙随聞記』。私と名字が同じことから親近感を覚え、岩波新書の『禅と日本文化』など大拙のいろいろな本を読みました。

夏目漱石の『門』も読んだりして考え、円覚寺に参禅した夏の2週間、本当に大変だったからいまだに忘れません。お粥と一汁一菜もおいしくなかった(笑い)。もっとも、坐禅は高校時代からしていて、今でも結跏趺坐は難なく組めます。東京に来てまず遊びに行ったのは鎌倉。松本清張が書いたガイドブックを読むと「どこどこの寺の足利尊氏の筆跡を見る限り、彼は素直な人だったに違いない」とあり「なるほど、書は体を表すのか」と見に行ったのが今、趣味で描く禅画模写の遠因かも……。

寺参りが好きとか。

鈴木母が80歳の時、名古屋から東京に出て来て、92歳で亡くなるまで一緒にお寺巡りをしました。ほぼ毎週だから600回くらい。母と「何で寺なんかに」「もうすぐお世話になるんだから」などと言い合いつつ、たくさんの寺を一つ一つ回りました。

増上寺では朝、本堂で若いお坊さんたちが念仏などを唱和するのですが、音が響く設計なのか、朝の空気がピンとしてこれがすごくいい。そばにいるだけで気分が変わる。

九品仏の浄真寺には20回以上お参りしました。境内の本堂の対面に阿弥陀堂が三つあって、それぞれに仏像が3体ずつ安置されている。彼岸と此岸や、三途の川も表されていて大好きな空間です。

1992年にジブリが東京・小金井に引っ越した直後に考えたのも「近所にいいお寺はないかな」ということ。探してみたらありまして、今でも時々訪ねます。京都に行くと必ずその足で高山寺に行き、1、2時間ぼーっと座る。ほとんど誰も来ない別のお寺では、庭に出ると彼方に比叡山が見えるんです。そこでも空っぽになって座っています。要するに、好きなんですね。

お寺共通の良さって何かというと、都会の中に突然異空間があることや、時間が止まっていることでしょうか。それがちょっとうらやましい。