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お寺を愛する映画プロデューサー 鈴木敏夫さん(70)(2/2ページ)

2018年8月8日付 中外日報(ほっとインタビュー)

タイのパクトンチャイでカンヤダ一家と
タイのパクトンチャイでカンヤダ一家と

ジブリ作品にも異空間がたくさん登場します。

鈴木「そこにいる時だけは普段とちょっと違うよ」というね。別世界といえば最近、度々タイのお寺に行っています。向こうのお墓には写真が埋め込まれていて、とても独特で面白い。タイは国全体がお寺のような所で、散歩すると幸せな気分になる。

パクトンチャイという村で大家族と暮らすシングルマザーについて、私が書いた小説が『南の国のカンヤダ』。東京で知り合い、タイに帰った女性の実話です。

『禅とジブリ』で対談した細川晋輔和尚、横田南嶺老師、玄侑宗久和尚は三者三様の素晴らしい方々でしたが、皆「今、ここ」を生きる禅の心を教えてくれました。

カンヤダは「過去を悔やまず、未来を憂えず、いつも『今、ここ』を生きている」。まさに禅の心を体現している女性なんです。

鈴木さん自身も「今、ここ」の人ですよね。

鈴木宮崎監督もそうですが、お互い昔の話はしないんです。すぐ忘れてしまう。人の生き方には2通りあって、主体的か受け身で生きるか。私は物心ついた時から誰かに言われて巻き込まれる受け身の生き方。中1からずーっとお寺や仏教が身近にあったこともその一因でしょうか。

私の老後の楽しみは、『歎異抄』や大学時代に買った中央公論社の『世界の名著・大乗仏典』。親鸞や道元の著作を引退してから読みたい。働くという本能と信仰とは、真逆にあるのではないかという考えが自分の中にあります。のめり込むと仕事に手が付かなくなるから、仏教とは付かず離れずの関係なんです。

宮崎・高畑両監督は「生涯現役」ですよね。

鈴木「煩悩的・世俗的でうらやましい。あの人たちの末期を見届けたい」と思ってたら、本当に高畑さんの末期を見ることになっちゃって。

「平成狸合戦ぽんぽこ」のタヌキたちが死出の旅に出るシーン。「ホーホケキョ となりの山田くん」の挿入歌を「ケ・セラ・セラ」に、音楽担当を歌手の矢野顕子さんにすること。これらはささやかながら私が提案しました。「未来は見えない」という歌詞は「今、ここ」の裏返し。矢野さんの曲の特徴は、現世を楽しむってことなんです。昔のことも、未来のことも考えない。そんな彼女の起用自体が、禅と関係していたのかもしれませんし、その延長線上にケ・セラ・セラがある。こういう私自身の根底が反映した提案が、高畑さんの考えと一致したんです。

いしいひさいち氏の原作の登場人物たちは、皆3頭身。私たちには彼らを長編映画で動かすという野心がありました。究極的には白隠、仙厓の禅画や「○△□」の意匠を動かす短編も作ってみたい。

作品がヒットすると「天の采配」を感じますか。

鈴木目的もないのにヒットさせても意味はないですから、そんな大げさなものではないですが、必要があれば自然に人も集まり、いい方向に回っていくことを実感しています。そういうところに宗教的な何かを感じます。人間にとって宗教とは何だろうかということも考えますし、私などはやはり、宗教がある方がいいと思っています。