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トップ> ほっとインタビューリスト> 陶工・河井寛次郎の心を伝える学芸員 鷺珠江さん

陶工・河井寛次郎の心を伝える学芸員 鷺珠江さん(61)(2/2ページ)

2018年8月29日付 中外日報(ほっとインタビュー)

技術や様式美を追究した先に見えてくる自由闊達さが漂う各種陶箱(写真は河井寛次郎記念館提供)
技術や様式美を追究した先に見えてくる自由闊達さが漂う各種陶箱(写真は河井寛次郎記念館提供)

表に出るのは寛次郎氏ばかりですが、妻のつねさんの存在も大きかったと。

祖母のファンも多かったです。いっぱいお客さんが来られてもニコニコと受け入れて、必ず飲んだり食べたりを振る舞う。それは祖母にとってやりがいのある大きな仕事だったと思いますし、内助の功の貢献度が高いと家族はみています。祖母は熱心な天理教の信者でした。長男と次女を亡くしたこともあり、信仰心があつかった。

ご家族にとっても、お二人の生き方が指針になっているようですね。

私自身、寛次郎と同様にどんなに悲しいことがあっても命の根源は喜びしかないと思っています。

3年前に夫をがんで亡くし、自宅で看取りました。闘病は2年半くらいで、もちろんつらかったんですが、得たものもいっぱいありました。死が見えて、どちらにも覚悟があり、子どもたちも夫を世話する中で一緒に得たものがいっぱいあります。自然な形で命の終息を受け入れていくと、大変安らかでした。主人も亡くなる前日に「幸せだ。思い残すことはない」と言い、翌日は眠ったまま逝きました。

いなくなったのは寂しいですが、不幸だと思っていると、どんどん不幸になる。自分が幸せだと思っていると幸せになる。幸せは連鎖するようにも思います。

寛次郎氏のことをどう伝えていきたいですか。

本人がそうだったんですが、あまり自分のことを知ってほしいとか、こういう作品を生み出したので知ってほしいとかいう人ではありませんでした。寛次郎のたどった仕事や残した言葉をそのままお伝えすると、内面の奥深さは伝わりますし、共感していただけます。ただ、できるだけ内面性というか、形ではないものを伝えるのが私の役目だと思っています。

この記念館も、変わらずに美しい場所であるためには日常の掃除をおろそかにせず、すがすがしい空間であるようにしたい。年4回の展示替えを行いますが、この場の調和を乱さない努力はたゆまずしなければと思います。

また2人の姉もそうですが、祖父との暮らしの中で知っている事柄を集めておきたい。研究者が調べて分かるものではなく、河井家の内部であった、何でもないような事柄を大事にしないといけないと思っています。

寛次郎氏の言葉から一つ挙げてください。

亡くなる前の個展の案内に書いている「饗応不尽」と題する詩があります。

「無数のつっかい棒で支えられている生命/時間の上を歩いている生命/自分に会いたい吾等/顧みればあらゆるものから歓待を受けている吾等/この世へお客様に招かれて来ている吾等/見つくせない程のもの/食べ切れないご馳走/このままが往生でなかったら/寂光浄土なんか何処にあるだろう」

生きている喜びをうたっていて好きですね。祖父はたくさんの言葉を残しましたが、どれか一つと言われれば、これを挙げたいと思います。