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紛争地域で武装解除を行った元国連職員 伊勢﨑賢治さん(61)

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2018年11月14日付 中外日報(ほっとインタビュー)

猥雑、有機的スラムが魅力的

東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタンなどを渡り歩き、国際NGO職員あるいは国連平和維持活動(PKO)の「武装解除・動員解除・社会再統合」(DDR)の責任者として、紛争処理を指揮。自らを「紛争屋」と名乗る。

平和を説く宗教が、現地では政治利用され、コミュニティーの分断を生んでいる。信仰者が革命に酔って反政府ゲリラに所属し殺害行為に及ぶ。

「宗教者が富も地位も捨てて社会的弱者の中で生きることが必要だ」と訴える。

(甲田貴之)

紛争地域で武装解除を行った元国連職員 伊勢﨑賢治さん
いせざき・けんじ氏=1957年、東京都生まれ。早稲田大大学院理工学研究科修士課程修了。インド留学中にスラムの社会運動を支援。国際NGOや国連PKOで紛争処理に携わった。現在、東京外国語大教授。著書は『武装解除―紛争屋が見た世界』など多数。

スラムや貧困街に関心を持ったきっかけは。

伊勢﨑もともと美術方面で自分を表現できればと思い、建築家や画家を目指していた。早稲田大で建築学科に入学し大学院まで進んだが、一人の美術家が創造できるものに対して美しいと思えなくなった。代わりに人間が集団で作るもののダイナミクス、有機性を美しく感じるようになった。人間が動物のように群れとして生きている巣。猥雑で有機的なスラムがとても魅力的に見えた。

30年以上前、インドに留学し、現地のスラムに入っていった。写真で見るのと全然違っていて、幾つもの社会問題を抱えていた。

人間はただ同じ所に住んでいるのではなく、地域の中で共通のアイデンティティーを持っている。

スラムでの共通のアイデンティティーになっているのは宗教で、仏教徒、イスラーム、ヒンドゥー教徒それぞれのコミュニティーがある。それが共存していればよいが、いがみ合っている。

外の政治家たちの目には、スラムは汚い所で改善、開発しなければならないと映っており、強制撤去をしようとしていた。しかし、スラムの中がまとまっていないから、内側から劣悪な環境を改善するための政治力もない。

国家権力によって、僕にとっての美しいスラムが壊されていくのを何とかできないかと思って、住民運動に関わるようになっていった。

宗教で分裂したコミュニティーをまとめるには。

伊勢﨑信仰や思想と活動の動機を一緒にしないこと。強制撤去やトイレ不足、地域の美化は、宗教を超えた共通の問題で、それをつかの間のアイデンティティーにして団結させる。

どの宗教者も、世の中を平和にしたいとうたう。それは良いことだけど、“彼らの方法、彼らの信念で”と条件が付く。みんなが一つの宗教を信じれば、世界が幸せになると説く。宗教が一つだけなら確かにそうかもしれないけど、それがいっぱいあるから困るわけで。

わらにもすがる思いで宗教を求める人たちに罪はない。信仰者にはいわゆる社会的弱者が多い。しかし、人の帰依を集める宗教は政治に利用されやすい。

苦しい人にとって宗教は救いになっているのですね。

伊勢﨑今年、97歳になる母親は熱心な創価学会員だ。僕は東京の立川で生まれた。当時は米軍基地があって、米兵を相手にした歓楽産業が発達していた。そんな町の母子家庭で育った。

そういう産業の所なので、ホステスや売春婦をはじめ、貧しい人たちが集まって、コミュニティーを築いてきた。宗教はそんな人たちにとっての心の支えだった。苦しい毎日を乗り越えるために、信者同士が助け合っていた。戒名もお坊さんもなくても、あの世に往けるという創価学会の思想は救いだった。貧民に優しい民衆宗教だった。