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核兵器の非人道性を訴えるICAN国際運営委員 川崎哲さん(50)(1/2ページ)

2018年11月28日付 中外日報(ほっとインタビュー)

核抑止論、人間としておかしい

核兵器禁止条約の採択に大きな貢献があったとして2017年にノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」の国際運営委員を務める。ノルウェーで開かれた授賞式で最前列に座っていた姿は記憶にも新しい。

もはや核兵器を巡る議論は、政治や軍事の専門家だけのものではない。その非人道性を訴える普通の人の当たり前の声が世界的に広まっており、そのためには宗教者の役割も大きいという。「核なき世界」の実現を目指す歩みはまだ始まったばかりだ。

(佐藤慎太郎)

核兵器の非人道性を訴えるICAN国際運営委員 川崎哲さん

かわさき・あきら氏=1968年、東京都生まれ。東京大法学部卒。学生時代から平和運動に携わり、2003年から国際交流NGO「ピースボート」共同代表。10年にICAN副代表に就任し、14年から同国際運営委員。

ICANの活動に関わるきっかけは。

川崎ピースボートが25周年を迎えた2008年、「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」として、広島・長崎の被爆者100人を招待して世界中を航海し、寄港した都市で証言活動を行いました。

オーストラリアでの証言会に、前年に創設されたばかりのICANの創立者の一人であるティルマン・ラフ氏が来場し、被爆者の話やこの活動に非常に感銘を受けたそうです。10年にピースボートはICANに団体加盟し、私も副代表に就任しました。

核兵器廃絶の活動を志したのは。

川崎中学生の時、原爆が投下された8月6日の前後に父親に連れられて広島を訪れたことがあります。強い印象はありましたが、本格的に志したのはNGOなどで平和活動に参加するようになってからです。広島、長崎を経験した日本に拠点を置いて活動するからには、しっかりと取り組まねばと考えるようになりました。特にこの10年は毎年被爆者と船旅を共にしており、学ばされること、励まされることばかりです。

これまで170人以上と旅をしてきました。実感しているのですが、被爆者も何ら特別ではなく、普通の人たちなんです。もちろん素晴らしい語り部もいますが、悩んで泣きだすおばさんや酔っぱらうおじさんら、どこにでもいそうな人たちが、強い思いで緊張しながらも人々に語り掛ける姿がありました。

地球を一周しながら自身の体験を証言するということは、一人の人間の人生にとって大きな経験です。そこから自分もエネルギーをもらえ、活動のモチベーションにもなっています。

ノーベル平和賞の受賞で活動は変化しましたか。

川崎ピースボートはICANの10団体ある国際運営グループの一つで、受賞メダルの公式レプリカも頂いています。この平和賞は個人の業績を讃えるものではなく、「運動」に対して与えられたものと考えています。ですからなるべく多くの人たちにメダルを見てもらい、そこから何かを感じてもらおうというのがICANの方針です。

ピースボートでもこの1年間、メダルを船に載せたり、広島・長崎の原爆資料館に展示したりしました。ただ平和賞は最後のご褒美として頂いたものではなく、「これからも頑張りなさい」というキックオフの笛と捉えています。「核なき世界」の実現に向けた活動はまだ続いていくのです。