ニュース画像
小御所で加持をする釜堀氏
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

被災地へ鎮魂の響きを

筑前琵琶奏者 川村旭芳さん

2012年3月1日付 中外日報(この道を往く)

かわむら・きょくほうさん=8歳より筑前琵琶日本旭会総師範・二代柴田旭堂に師事。箏・尺八・胡弓などの4人の演奏家で結成された和楽器ユニット「おとぎ」代表。門人会「筑前琵琶川村旭芳会」会長。独奏の弾き語りを活動の中心に据えつつ、和・洋・民族楽器、朗読、舞踊など他分野との共演にも力を注ぎ、また新しい琵琶語り曲の創作にも取り組んでいる。
被災地へ鎮魂の響きを川村旭芳さん

「凍てつく冬の朝まだき地鳴りに続く大地震に 人の命も街並みも 一瞬にして変はり果つ……」。神戸に住み17年前の阪神・淡路大震災で被災した筑前琵琶奏者の川村旭芳さんは、毎年1月17日に開かれる市民追悼の集いで琵琶曲「阪神淡路大震災犠牲者追悼式典に寄せて」を献奏している。平成15年の初演以後、毎年「1・17」に演じてきたが、昨年3月に東日本大震災が発生。その後は一般のコンサートでも演奏し、二つの大震災の犠牲者を慰霊してきた。犠牲者の御霊に「希ねがはくは はるけき彼岸の彼方より 行く末永く見守りて この世の幸を護らしめ給へ」と呼び掛ける曲への思いや琵琶の魅力について川村さんに聞いた。

(聞き手=飯川道弘)

「阪神」の曲は母の素子さんが作詞し、川村さんが作曲されたのですね。

川村追悼式典での演奏を依頼された時、特に演目の指定は無かったのですが、やはり追悼の曲を演奏したいと思い、母に頼んで作詞してもらったのです。私が小学生のころに琵琶を始めたきっかけは、私の師匠(二代柴田旭堂さん=琵琶奏者・上原まりさんの母、1月15日に93歳で死去)のファンだった母の勧めでした。母は演奏はしませんが、長年、ヨーロッパの口承文芸に関心を持ち、琵琶の曲にも親しんでいました。

阪神の曲はこれまで「1・17」の追悼式で演奏するだけでしたが、昨年以降、東日本大震災で犠牲になった方への思いも込めて、一般のコンサートでも演奏するようになりました。昨夏は愛媛県の中学校で演奏しました。子供たちに鎮魂といっても難しいかもしれませんが、少しでも防災の意識を持ってもらえたらと思います。

昨年4月に阪神の曲などを収めた作品集、CD『母娘合作集』が発売されましたね。

川村震災の追悼曲のほか福井県小浜市に伝わる「四仁伴載号漂流譚」、愛媛県宇和島市の「堂崎観音堂悲話」と「空海讃歌」の4曲を収めました。ご当地色が濃く、あまり一般向きではありませんが、後世に残したいという思いで制作しました。

平成16年に作った小浜の曲は、遭難した韓国船を村人が救護した明治33年のお話ですが、救護を指揮した当時の村長が私の父方の遠縁に当たることが偶然分かったのです。この話を琵琶曲として語り継ぐよう先祖から使命が与えられたのかなという不思議な因縁を感じました。

琵琶の道一筋に生きる覚悟が定まったのはそのころからです。どこかにずっと迷いを抱えながら歩んできたのですが、自分は琵琶をするために生まれてきたのだと思えるようになっていました。

そう思うと他の曲も創作の依頼を受けたのが偶然とは思えない縁を感じるのです。人生の岐路で自分で道を選んできたようでありながら、どこかで見えない大きな力に導かれてきたのではないかと感じます。

琵琶の曲には琵琶の音と奏者の語りの二つの要素がありますが。

川村私はどちらかというと語りの方が主ではないかと思います。琵琶の音は効果音的に物語を引き立てる役割です。作品の善しあしも作詞の出来が大部分を占めると思います。洋楽とは違い、作曲は言葉に節を付けたり、合の手を付ける形になりますので、土台の詞がしっかりしていないと良い曲になりません。

母は「琵琶の詞は日本画の世界だ」とよく言います。『平家物語』では合戦で敗れた平家の赤旗や弓矢が海に浮かぶ場面を「竜田川の紅葉葉」に例えるなど、戦のむごい場面も美しく表現されています。どんなに生々しい場面でもそうしたニュアンスを詞にとどめていたいと。

ただ母は西洋の文学が好きなようで、いつか『ロミオとジュリエット』を琵琶曲として作詞したいと言っていますが(笑い)。私の所属流派(日本旭会)には『レ・ミゼラブル』など西洋の物語を題材にした曲もわずかにあります。

琵琶の魅力は。

川村独特の響きでしょうか。一音の響き、一音に込める思いをとても大事にする楽器で情景描写や心理描写に非常に適していると思います。そして一人完結型の芸能といいますか、一人で全てを演じきるところにも面白みを感じています。

和楽器ユニット「おとぎ」の活動も続けています。琵琶単独ではどうしても語り物が中心になりますが、ユニットでは琵琶の語り物にも他の楽器が入ったり、オリジナル曲を合奏したりと幅が広がります。

また朗読や演劇などと組み合わせて一つの物語を多人数で演じる――私は音楽劇と呼んでいますが、そうした創作活動にも力を入れ、ライフワークにしたいと思っています。

独奏の弾き語りに他の演劇的な要素を組み合わせたスタイルが一つの芸能ジャンルとして確立していけば、琵琶の裾野ももっと広がるのではないでしょうか。落語家さんとのコラボレーションなども面白そうですね。

若い人にも琵琶に親しんでもらえたらいいですね。

川村今は自分自身の演奏や創作に重きを置いて活動していますが、年齢と共に後世に伝えていきたいという思いが強くなってきました。演奏者だけでなく楽器を作る職人さんも減っていますから、職人さんの技術の継承も願っています。