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「剣武」の誇り胸に

神刀流宗家 日比野正晴氏

2012年9月1日付 中外日報(この道を往く)

ひびの・まさはる氏=昭和21年、東京・八王子生まれ。北海道帯広市で育ち、高卒後、上京。八王子市役所の建築課に勤務していた昭和47年、祖父・雷風の弟子に後継者就任を要請される。36歳で独立し設計事務所を開業したが、平成12年に閉鎖、16年に神刀流総本部を創設した。毎年、神刀流武道全国大会を各地で開催している。
「剣武」の誇り胸に日比野正晴氏

曹洞宗大本山総持寺が100年前に石川県輪島から横浜・鶴見に移転する際、過激な反対勢力から時の貫首・石川素童禅師の身を守った剣豪がいた。剣詩舞や居合の流派「神刀流剣武」を創始した日比野雷風(1864~1926)。歴代の大本山貫首を師と仰ぎ、剣と禅の道を生き抜いた。雷風の嫡孫、日比野正晴氏(66)は早くに父と死別した影響で神刀流を知らずに育ったが、転機はある日突然訪れた。「宗家」を継いで20余年、日本の若者が国際舞台で剣武の伝統と技を誇ってほしいと願っている。

(聞き手=佐藤孝雄)

神刀流とはどのような武術ですか。

日比野撃剣(剣術)や居合術に、空手や柔道、舞の要素を加味して、20代の雷風が明治23(1890)年に編み出しました。剣舞を初めて世に出した流派です。それまで系統だったものはなく、祝いの席などで武士が興に乗ると、詩を吟じて刀を振っていました。

当時、帝国大学(現・東京大)で皇太子を招いての剣道の試合があり、出場した雷風に、天皇陛下の御附武官・杉山直弥大佐が「武士道精神が失われつつある。日本刀を使った士気高揚のための武術を研究せよ」と命じたのがきっかけ。杉山大佐は「廃刀令で公に刀を持てないが剣舞ならそれができる。そこに武士道精神が残っていくだろう」と考えたようです。

詩文に合わせて剣を持って舞ったのは雷風が最初で、現代剣舞の元祖と呼ばれます。現在、80ある剣舞の流派も、元をたどれば神刀流につながります。

雷風の生い立ちは。

日比野鹿児島の刀鍛冶・日比野源道義の息子で、2歳で父親と江戸に上った後、埼玉に行っている。名主の家で子守り奉公をしながら剣術の技を磨いたようです。17歳のころは生活のために浅草で「剣術大安売 一試合一銭」と書いた紙を背中に張り付け、苦労して日銭を稼いでいたといいます。

石川禅師との出会いは。

日比野政治家・鳩山和夫(鳩山由紀夫、邦夫氏の曽祖父)の紹介らしいが、詳しいことは分かりません。

雷風は石川禅師が輪島から鶴見に赴く道中、ずっとかごに寄り添って目を光らせたといい、「死んでも禅師を守りたい」との遺志から、墓は総持寺の禅師の居宅の真裏に建てられました。高さ9メートルもの巨大な墓石で、禅師による揮毫「天下無敵日比野雷風居士墓」が大書されています。

大本山永平寺の森田悟由、日置黙仙両禅師とも交流があり、晩年は総持寺の新井石禅禅師の法話を聞くのを楽しみにしていた。新井禅師は「一喝雷風和尚」の称号を授けています。

正晴さんは大人になるまで神刀流のことは知らなかったとか。

日比野雷風の長男で私の父の正明は昭和23年に亡くなり、2歳に満たない私は母と北海道に移住。26歳のころ、上京して八王子市役所に勤務していた私の所に弟子がいきなり訪ねてきました。「やっと見つけました。雷風の孫ですね」と。

跡を継いでくれと言われた時はただ驚くばかりで、そんな気にもなれなかった。そのころ、雷風の技を伝える弟子たちは全国に散り散りで、要をなくした扇のような体だったのです。

その10年後ぐらいから神刀流とは何かを調べ出し、全国の各先生方を訪ねて神刀流に対する熱意を聞いて歩きました。すると、一門の方々が、雷風創始の神刀流をずっと守ってくれているという感謝の念が心の中に湧いてきました。神刀流を将来に伝えていくための中継ぎ役として活動したいという気持ちになり、平成2年に跡を継ぐことを決心したのです。そして16年、全国21支部をまとめる念願の総本部が、一門の諸先生方や森剣信・現理事長の尽力のもと発足しました。

門人は国内と海外で約2千人。ブラジルやフランス、イタリアに支部があります。特にブラジルは昭和2年、雷風の死後、直門の弟子が移民して神刀流を伝え、20支部が活動しています。

雷風顕彰の機運は盛り上がっていますか。

日比野お弟子たちは神刀流を守りたいという気持ちが非常に強い。神刀流には雷風直伝の武道を基礎にしているという誇りがあります。だから「剣舞」でなくて「剣武」。もともと雷風が発表した当時は「剣舞」だった。しかし、だんだんまねをする人が出てきて、武道からほど遠い剣舞が増えてきたのを憂え、17年後に自ら「剣武」に改めたのです。

現代で神刀流剣武が持つ意味とは。

日比野日本の若者がこれから国を背負っていく上で、海外に出て行く機会が増えてくる。その時に武術、居合でも剣武でもいいので覚えて、日本人として披露すれば、その人の評価が上がるはずです。そういうお手伝いがしたい。日本にはこんな素晴らしい伝統文化があるんだということを一般の方々に浸透させていくのが、私の大事な役割だと思っています。

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神刀流のホームページはhttp://www.shintoryu.jp/