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夕日に浄土を写す

浄土宗得浄明院住職 伏見誓寛氏

2013年7月2日付 中外日報(わが道)

ふしみ・せいかん氏=昭和13年、伏見博英伯爵の次女として東京都に生まれる。祖父は伏見宮博恭王、祖母は徳川慶喜の第九女である経子妃。得浄明院に入寺し、二條誓康氏について得度。浄土宗の尼衆学校で学ぶ。現在、得浄明院住職と三時知恩寺門跡を兼ね、茶華道圭鳳流家元を務める。写真撮影は趣味が高じて、東京、京都、ニューヨークなどで個展を開催するほど。著書に『歌紀行 夕日観想』(春秋社)。
平成10年には、ミャンマーのチャイプーン大仏を参拝した。2台のカメラを手にする伏見住職
平成10年には、ミャンマーのチャイプーン大仏を参拝した。2台のカメラを手にする伏見住職

太陽が西に沈んでいく様子を観察し、極楽浄土が西方にあることを思い浮かべる日想観。観無量寿経で浄土に生まれるための観想の一つとされる。夕暮れは、古来人々の心を引き寄せてきた。住職就任55周年を迎えた浄土宗得浄明院(京都市東山区)の伏見誓寛氏(74)も夕日に魅せられ、世界各地の日没の光景を写真に収めてきた。伏見住職に自身の歩みを振り返ってもらうとともに、趣味の写真や夕日の魅力について聞いた。

(丹治隆宏)

お寺に入るまでは。

伏見父は海軍さんでした。四つの時に戦死したのであまり思い出はありませんが。南方においでになっていて、時々はお帰りになっていたようです。姉と一緒に空港にお迎えに行って、人形を頂いたのを覚えています。生みの母は11カ月で亡くなっていますので、その後来てくれた母が育ててくれました。戦争が激しくなってからは千葉県の野田市に疎開し、そこでしばらく暮らしました。

昭和23年に入寺したそうですね。

伏見二條誓康住職が得浄明院の跡取りに欲しいと何度もおっしゃったようです。姉と2人で入寺したのですが、東京から京都まで特急で8時間かかりました。傷痍軍人、引き揚げ者、買い出しの人で汽車はいっぱいでした。まともに入り口から乗ると順番が回ってこないので、本家(伏見宮家)の事務官が抱えて、窓から入れてくれました。

寂しくなかったですか。

伏見姉は中学の時にお寺を出たのですが、私は寂しい思いはまったくなくて、とにかく広々として、緑がいっぱいあるし、庭もきれいだし、ここで走り回れると一人で「ルンルン」と暮らしていました。

師匠になられる二條氏の思い出は。

伏見御前さまではなく「おばさまって言ってちょうだい」と言ってくれました。食事も寝起きも一緒。その時40代の半ばころで、お母さんと同じでした。ひと月くらいしてお寺に慣れてくると、お経の稽古をしてくれました。それが終わってからは、お内仏で一緒にお勤めをしました。

二條氏のもとで得度したのですね。

伏見本当は義務教育を済ませてからなんですけど「1年早いけど、尼僧さんになりますか」と二條さんが言ってくれ、昭和28年、14歳の春に得度しました。きれいな刺繍をした赤い着物を着て、紫の袴をはいて式に臨みました。お勤めの途中で下がって着物を脱いで、お剃髪して黒いお衣に着替え、再び本堂に上がりました。得度した姿を見て、二條さんはすごく喜んでくれました。亡くなったのは、その年の5月22日のことでした。

その後尼衆学校に通い、20歳で得浄明院の住職になりました。

写真との出合いは。

伏見カメラを初めて手にしたのは、小学4年生の時でしょうか。昔の箱型のカメラを二條さんから貸していただいて、ちょこちょこ写していました。自分のカメラを持ったのは、中学1年生のころだと思います。

今はどんなカメラをお持ちですか。

伏見一眼レフを使ってます。最初は重いのでと渋っていたのですが軽いものを買って、一本で広角から300ミリまで撮れるレンズを付けています。

海外の写真が多いですね。

伏見初めて海外に行ったのは、昭和41年にインドのブッダガヤにある日本寺に宝篋印塔が建つ時で、総本山知恩院の岸信宏ご門主のお供で行きました。仏跡を巡ったのですが、朝早く起きて大塔の下に座ってみたり、いろいろな経験をしました。

不安はありませんでしたか。

伏見私は心配しませんでしたが、周りがしてくれて。「お一人では駄目です」と。大津に姉弟子(石川浄善・清光寺住職)がいて、その人を連れていくなら行ってもいいと言われました。

夕日との出合いもインドですか。

伏見5度目の訪印の時でしょうか、姉弟子と現地のガイドさんと3人で、タクシーで南インドを回りました。ハイデラバードのホテルに泊まったのですが、お部屋に入ったら真正面にすごく大きな夕日が見えたんです。ゴルコンダフォートという遺跡がある山の端に日が沈み、手前のモスクの屋根がシルエットのように浮かび上がりました。本当によかったんです。それが夕日に魅せられた最初の経験です。

とてもうれしそうに話されますね。

伏見太陽はゆっくりと、いろんな色に変わって沈んでいきます。その後の光景もきれいなんです。でも、ツアーで行くとみんな待ってられなくて。

ミャンマーのイラワジ川に行った時は、沈んでからもう10分ほど居たかったんですが、添乗員さんが「はい、沈みました。バスで帰りましょう」って。「これからいいところなのに」とがっかりしてしまいました。

今はデジタルですが、夕暮れを撮影するときは36枚撮りのフィルムを一度に少なくとも2、3本使ってしまうほど、熱中してしまいます。