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「綺麗さび」の茶道継承

遠州茶道宗家13世家元 小堀宗実氏

2014年6月27日付 中外日報(わが道)

こぼり・そうじつ氏=1956年生まれ。遠州茶道宗家12世小堀宗慶氏の長男。学習院大卒業後、桂徳院で福富以清老師の下で禅の修行を積む。83年副家元に就任。2000年福富雪底・大徳寺派管長から「不傳庵 宗実」の号を授かり、01年に家元を継承。伝統文化の普及発展と精神文化の向上、青少年の育成に尽くし、海外でも積極的に文化交流を行っている。東京都新宿区在住。
座右の銘は「和光同塵」と話す宗実家元
座右の銘は「和光同塵」と話す宗実家元

現在、全国を巡回上映中の映画「父は家元」が、世界初の茶道ドキュメンタリーとして好評を博している。映画は430年の伝統を受け継ぐ遠州茶道宗家13世・小堀宗実家元(57)の活動に密着取材し、「綺麗さび」の美学、茶道の芸術性と、その背景にある日本文化の神髄を浮かび上がらせている。流祖・小堀遠州の茶道とその継承について宗実家元に聞いた。

(齋藤祐一)

遠州流茶道の神髄である「綺麗さび」とは。

小堀江戸時代初期の大名茶人であった流祖・小堀遠州公が従来の「わび・さび」の精神に、美しさ・明るさ・豊かさを加え、誰からも美しいと言われる客観性の美、調和の美を創り上げたものです。

遠州公は作事(作庭)にも優れた才能を発揮された。

小堀二条城の二の丸庭園や名古屋城の天守閣、仙洞御所や桂離宮、大徳寺本坊と孤篷庵、南禅寺本坊と金地院など、幕府・朝廷・寺院というさまざまな場で建物や庭を造りました。それは遠州公の人間性によるところが大きく、茶道を通じて将軍・朝廷・寺院と信頼関係を築いたのです。多くの茶会を開き、時には対立する二者の間を取り持つ役割も果たしました。

遠州公は茶陶の制作指導を日本のみならず海外にも行い、「遠州好み」といわれる独自の作品群を創り出しました。そのような指導をするのも遠州流の特徴です。

家元を継ぐという自覚が生まれたのはいつ。

小堀幼稚園のころに「大きくなったら茶道の家元を継ぎます」と友達に語ったことを覚えています。小・中学時代になると、新年行事や遠州忌などの大きい茶会でお運びの手伝いをしながら、家元だった父の姿を遠くから見ていました。能とか歌舞伎のように舞台で自分を見せるという意識はないですが、年配のお客さまとのやりとりの中で茶道の精神や作法を学んでいくという感じでした。

大学時代は剣道に没頭し、卒業後は1年間、お寺で禅の修行をされたとか。

小堀父の勧めで世俗と一度けじめをつける意味で、臨済宗大徳寺派桂徳院(東京都練馬区)の福富以清和尚(大徳寺518世)の下で修行しました。和尚は福富雪底老師(大徳寺派第14代管長)や小堀泰巌老師(建仁寺派第9代管長)の師匠に当たる。私は在家ですが最後の弟子です。

以清和尚は朝4時半に起床してお経を上げ、6時半まで庭掃除をなさる。私が朝食を作って師匠と二人で正座して食事をする。食後は師匠が自室で本を読み、私も茶道の本を読む。毎朝9時ごろには一番弟子の雪底老師が来られて、二人で1時間近く話をなさる。私はお二人に抹茶を出してお話を聞いていました。

雪底老師がお帰りになるとお茶の稽古、掃除・洗濯のほか畑で野菜を作るなど、常随勤仕しながら1年間、自学自習した後、宗家に戻り、父の下での修業が始まりました。

師父・宗慶家元はどんな方でしたか。

小堀歴代家元の中でも特に偉大な茶人であったと思います。戦後、シベリア抑留を経て帰国し、一から遠州流茶道を立て直した人です。茶道の点前だけでなく、絵も描き、書も書ける、庭づくりでも何でもできた。そういう人のそばにいられたことは今にして思えば幸せでした。

2001年元旦に家元を継承され、13年がたちました。今の心境は。

小堀父が79歳の時、新しい世紀を迎える時に代替わりをしようと考えました。01年が平成13年で私の13世家元の継承と重なった。父が11年に亡くなるまでの10年間、私はさまざまなことを父に教わりながら、新しい試みをすることにも努めました。父も家元という縛りから解放され、より自由な立場でますます新しいことに取り組んだ。それにより、遠州流の本筋の部分とともに、常に新しい創意工夫に取り組むという「遠州流らしさ」がこの13年で出てきたように思います。

家元は海外での普及活動のほか、「こども塾」にも取り組まれていますね。

小堀少子化の中で子どもたちに日本の伝統文化を伝えていくのは容易ではありません。「敷居が高い」という言葉も、ドアを開けて入る現代の家屋では敷居がないからピンとこない。お茶の世界では「床の間」に向かって一礼して始まる。「ごちそうさま」という言葉はお茶の栽培から庭掃除、お茶を点てた人など関わった全ての人に対する感謝が込められている。そういったことを子どもたちや御父母の方たちに伝えています。

家元の座右の銘は。

小堀「和光同塵」。光を和らげ、塵と同じうす。才能のある人は自らをあまり主張せず、人々と共に、世俗の中で暮らすとの意です。思いやり、おもてなしの心を大切に、遠州流茶道を時代と共に発展させていきたいと思います。