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能楽の根底に禅の心

能面師 伊庭貞一氏

2014年9月26日付 中外日報(わが道)

いば・ていいち氏=1951年、大津市生まれ。高校卒業後、滋賀県内の電機会社に勤務。勤続30年で退職し、機械設計の下請けを行いながら、木彫教室に通って修行。99年から能面打ちを始める。2004年、伊庭能面教室を能登川町に開講(現在県内6カ所)。05年、「滋賀能楽文化を育てる会」を発足させた。各地で「能面打ち体験講座」を開き、能面文化普及に力を入れる。
「滋賀の能面文化伝承を」と語る伊庭氏
「滋賀の能面文化伝承を」と語る伊庭氏

滋賀には室町時代以来の能楽・能面づくりの伝統がある。その伝統を探求し、次の世代に伝えたい――40代後半から能面の制作(能面打ち)を始めて15年。伊庭貞一氏(63)は滋賀県能登川町などに能面づくり教室を開き、後進や同好の士の指導に当たる。有志と「滋賀能楽文化を育てる会」を設立し、郷土の能楽文化の振興・継承の夢に取り組む同氏は、能楽・能面文化の根底に禅の心があると語る。

(津村恵史)

「能面打ち」を始めたきっかけは。

伊庭子供のころ、大津の実家の近所に製材所があって、木の香りが身に染み付くように育ちました。小中学校以来、彫刻、特に仏像に興味を持ちました。

会社を辞めて自立することを決めた時、よみがえってきたのが木の香りの原体験です。妻の理解があって、機械設計の下請けでささやかな収入を得ながら木彫教室に通い、能面打ちを勧められた。京都の能面教室で学び、古い能面を見て歩くうちにその魅力にとらわれて、能面の道をひたすら歩んできました。

滋賀という土地にもこだわりが?

伊庭能楽と能面の歴史を調べるうちに、室町時代以来、滋賀には近江猿楽座が6座あり、芸のレベルも高かったと知りました。そのうち「日吉座」の犬王は都でも評判でした。観阿弥・世阿弥も彼の芸を参考にしたといわれています。

浅井郡七条村(現長浜市七条町)には「近江井関」という能面打ちの集団もいて、江戸初期に活躍した4代目・井関家重は将軍家から「天下一」の称号を許されて江戸に移り住みました。

七条町の足柄神社には近江井関2代目の能面「茗荷悪尉」「大天神」が伝えられてきました。ぜひレプリカを制作したいと思いましたが、市の指定文化財なので、手に取って写しを作ることはできない。仕方なく3次元データを記録して原物を再生し、彩色して色や艶まで再現しました。

古い能面を写すことで技術を学ぶ?

伊庭新しい面の創作を試みることもありますが、伝来の面を写すことが基本です。同じ種類の面でも、作家独自の個性は出ますから、古い能面を写す時、誰の打った面であるかも分かりますね。書道と同じで、良い手本を見習うことで、その技術も身に付く。微妙な、隠れていた「彫り」も見えてきます。

良い能面とは?

伊庭能役者が舞台で動く、その動作とともに能面に表情が生まれる。能面は中間の表情で、能楽師が演じることで泣き、あるいは笑います。平凡な面では表情が出ない。素晴らしい演技をするためにはいい能面が必要です。逆に、いい能面を生かすには、役者の技量が必要だともいえますね。

20代から坐禅会に通っているそうですが、禅の体験と能面打ちに通じるものはありますか。

伊庭黄檗宗の松基月仙老師が京都の一様院で開いている薬師山禅会に通い始めて三十数年になります。会社退職後には老師のもとで得度し、僧籍に入っていたこともあります。能面打ちを本格的に始めたのはその後ですが、経験を重ねるにつれ、精神的に能楽・能面文化の根本に禅の心がある、と強く感じるようになりました。

今の夢は?

伊庭能面教室を始めた時に目標を立てました。滋賀の能面文化がかつての勢いを取り戻し、全国に誇れるものになってほしい、ということです。

県人口の0・1%、つまり1400人に能面打ちを体験してもらうというのが一つの目安です。まだそこまで届きませんが、私の能面教室と他の能面教室に通う人を合わせれば、能面打ちができる人は県内で500人以上。体験講座参加者も含めると、800人以上になりますね。

どういう人が教室に通ってくるのですか。

伊庭定年後に始める人が多く女性も2割ほどいます。

能楽文化の普及の運動も組織している。

伊庭地元の仕舞の伝承に努力されている呉服屋扇久の出路氏らと出会い、05年に「滋賀能楽文化を育てる会」を立ち上げました。国宝・彦根城築城400年祭に協賛するなど、2年に1度のペースで「滋賀能楽能面の集い」を開催しています。会員も100人ほどに達しました。

一様院の禅会の縁で、花園大の元学長で禅文化研究所所長の西村恵信先生とも親しくさせていただき、「滋賀能楽文化を育てる会」の顧問を引き受けていただいています。

後半生のビジョンははっきりしていますね。

伊庭本物を後世に伝えられるように、まず、自分自身もっといい能面を作れるように精進努力したい。長い伝統を持つ滋賀の能楽能面文化を伝承し、発展させる。この夢を追い掛け続けたいと思っています。