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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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「患者さんは全て仏様」

医師・元プロボクサー 川島実氏

2015年2月27日付 中外日報(わが道)

かわしま・みのる氏=1974年、京都府長岡京市生まれ。奈良市で育ち、東大寺学園高、京都大医学部を卒業。98年12月、現役京大生プロボクサーとなり、2000年度ウェルター級西日本新人王。03年11月に引退、自給自足農とともに医師を始める。11年10月、宮城県気仙沼市立本吉病院院長。14年3月に退任、現在は京都市右京区の一般財団法人高雄病院地域医療室室長。奈良市在住。
プロボクシング15戦9勝を導いたグローブと共に医療現場に挑む川島氏
プロボクシング15戦9勝を導いたグローブと共に医療現場に挑む川島氏

京都大医学部でボクシング部に入り、在学中にプロデビュー、異色の「ボクサー医師」として注目を集めた川島実氏(40)。東日本大震災では宮城県気仙沼市の被災地まで山形県内から片道5時間の道を通い、地域医療を3年かけて立て直した。昨年、故郷の奈良に帰り「医者は手を合わせる機会が多い」と、華厳宗大本山東大寺で得度し僧侶に。「現場で戦い、社会に貢献することが大仏様への供養となる」と、リングを関西に移し、新たな挑戦は続く。

(武田智彦)

得度のきっかけは?

川島母がクリスチャンで宗教にはなじみはありました。東大寺が経営する東大寺学園高に通い、大仏様はずっと身近な存在でした。

得度は、高校の部活の先輩である東大寺の森本公穣さん(清凉院住職、学園常任理事)との縁がきっかけです。東日本大震災後、勤務医が全員辞職した宮城県気仙沼市の病院の院長を頼まれて院内診察に加え、自宅も車も失って通えない人の住まいに伺って在宅医療を始めていました。私の活動を聞いた森本さんが訪ねてこられて、約20年ぶりに再会しました。学園の生徒を引率して何度も被災地に来られましたが、僕はいつも坊主頭で作務衣だったので「その格好なら得度してみないか。仕事の支えにもなる」と誘われました。以前から般若心経の写経もし、亡くなった方に手を合わせることも多く、関心を持ちました。病院のスタッフが育ったことから院長を引退し、奈良に帰ったのを機に、得度しました。

なぜ写経を?

川島始めたのは沖縄での2年間の研修時代で大変なことが重なった時期でした。もともと医学部進学は難関の学部に挑戦したかったから。医者になる思いも強くなく、以前から憧れのあったプロボクサーになりましたが、29歳で引退。和歌山や京都で医者として働き始めましたが、基礎を学び直そうと沖縄の救急病院に臨床研修で入りました。

人間の死が日常となる、恐ろしい救急医療の現場では逃げ出したくなる日々が続きました。幼い子がいながら帰宅できないことが多い上、父方と母方の祖父を相次いで失いました。次第に、亡くなった患者さんなどが夢に出るようになり苦しみました。

法事で般若心経を初めて知り、病院の宿直室などで裏紙に写すようになりました。すると、うなされることがなくなったのです。大きな存在に守られている感じがしたからでしょうか。

死んだ患者さんを医者としてどう感じていますか。

川島ある先輩の医師は、患者さんが死亡すると、必ず頭を下げて謝罪をしていましたが違和感がありました。「死んでしまった人は仏様だから手を合わせるものでは」と思い、必ず合掌しています。

しかし、やがて「患者さんは全て仏様」と思うようになりました。日頃お付き合いしていた人が次々と亡くなっていくのです。通常の感覚では耐えられません。そう思ったのは、自分の心を守るためと思います。七五三まで「子どもは神のうち」と言うように、病気で生と死の境界にいる人たちも同じではないでしょうか。

ボクサーの歩みと仏教はどうつながっていますか。

川島様々な経歴から紆余曲折に見えそうですが、自分としては真っすぐ進んでいます。自分の道を進む中に、受験戦争もあり、医者もあり、ボクシングもあり、仏教にも出会ったという感じです。

体を鍛えることは精神を鍛えることです。つらくても坂道を登ったときに「ふう」と一息つくのがいいんです。そのとき、「次の地平」が見えることを知っている。それがボクサー経験の強みです。

しかし、このような心構えは、仏教の説くものと違うのかなとも思っています。ダライ・ラマ法王がよく説いておられるように、本来は内なる平和を求めるものでしょうか。

ただ社会で闘う中では静かな心を保つのは難しい。だから夢として持ちます。英語の「ドリーム」は、かなえる目標ですが、日本語の「夢」は実現しない理想。しかし無意味ではなく、理想があるから頑張れる。夢に向かってではなく夢を見ながらやっていこうと思っています。

現在の関心は?

川島被災地で進めた在宅医療を関西でもと思っています。僕は病院が嫌いなんです。主人公の患者さんより医者が偉いということではいけません。患者さんはみんな「家に帰りたい」と口にします。病院では医者が先生で、患者が生徒になってしまいます。在宅だと医者も患者さんの家にお邪魔する形になる。

あまり法要には出仕できないですが、現場で闘うのが私の本分です。それが大仏様への供養になると思っています。