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“古里再建”道遠く 仙台市若林区を訪ねて

2016年3月30日 11時32分

東日本大震災から11日で5年が過ぎた。翌日の12日、津波で甚大な被害を受けた仙台市若林区にある真宗大谷派海楽寺の大友雄一郎住職(47)と、坊守のいずみさん(47)と一緒に、かさ上げ道路工事や圃場整備が進められている同区荒浜・井土の両地区を訪ねた。(杲恵順)

震災直後の写真を見ながら「ただただ目の前のことに必死だった」と振り返る大友住職夫妻
震災直後の写真を見ながら「ただただ目の前のことに必死だった」と振り返る大友住職夫妻住民が希望を託した「荒浜の幸せの黄色いハンカチ」
住民が希望を託した「荒浜の幸せの黄色いハンカチ」

若林区は仙台市の東部~南東部に位置する。震災当日、高さ約10メートルの津波は海岸線から約3キロ先にある東部道路にまで達し、約800世帯・2700人の集落を襲った。

仙台駅から地下鉄で20分。「海岸部に続く玄関口」地下鉄荒井駅で待ち合わせた。大友住職夫妻は「今日は“までい”に案内しますね」とハンドルを切る。「までい」とは、東北地方の言葉で「隅々まで」を意味するという。

駅前の市街地を東に走り、高さ約6メートルの東部道路の高架下をくぐって荒浜地区に入る。

「荒浜に200~300人の遺体が打ち上げられた模様」――。震災当日の夜、衝撃的なニュースが全国を駆け巡った。

以前、荒浜海岸は仙台市内唯一の海水浴場としてにぎわった。しかし、あの日以来、砂浜から笑顔が消えた。海を背に立つ慈聖観音の前に手向けられた花が、冷たい風に吹かれて揺れていた。

「海水浴場の復活を望む声もあるそうですが、この海で泳ぎたいと思う地元住民はいないでしょうね」。いずみさんがつらそうに目を伏せた。

高さ7・2メートルの防潮堤に上がると、周囲に黄色い旗が掲げられている場所があった。大友住職は「ここは災害危険区域に指定され、居住が制限されている地域。あの旗は、地元に戻りたいと願う住民の意思表示なんです」。

がれきの中から、海岸近くの浄土宗浄土寺の五色幕のうち、黄色の部分だけが見つかり、住民が「ふるさと再生の希望」を託した。

「当初はあちこちに掲げられていましたが、月日がたつにつれその数も減ってきました」