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高田松原の枯死した松が阿弥陀仏に

2017年10月27日 16時45分

完成した仏像を囲む(左から)三宮住職、松坂さん、須藤教授
完成した仏像を囲む(左から)三宮住職、松坂さん、須藤教授

東日本大震災「奇跡の一本松」で有名になった岩手県陸前高田市の高田松原の枯死した松材を使い、京都伝統工芸大学校(京都府南丹市)で教える仏師の須藤光昭教授(72)と学生らが阿弥陀如来像を刻んだ。震災の津波によって住職が犠牲になり、2014年には火災で伽藍が焼失した陸前高田市の浄土宗荘厳寺の庫裏に内仏として安置される。

仏像は、寄せ木造りで高さ90センチの阿弥陀如来立像。吹蓮華の台座と舟形光背も含め約170センチ。学生20人余りと1年がかりで仕上げた。仏像制作には適さない松材は節が多く、それを削って埋め木をして補うなど苦労も多かった。やにが多い松の欠点を抑えるため、漆を塗り重ねて古色を出したりと工夫を重ねた。

須藤教授は「縁あって手掛けさせていただいただけに学生も真剣に取り組んだ。松原の松らしさを残し、木肌に漆を塗っただけで仕上げた」と話す。

荘厳寺への搬入前の19日、三宮憲定住職(81)と、400年以上前に同寺を創建した松坂徳右衛門定久の子孫で、同市出身の松坂定徳さん(85)=堺市=が、大学校の工房で仏像と対面した。(詳細は2017年10月25日号をご覧ください。中外日報購読申し込み