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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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11.遺骨引き取り手ない除染作業員

2015年4月15日付 中外日報(5度目の春へ-東日本大震災)

法名つけ追悼続ける寺 原発事故で広がる棄民

本堂に安置されている除染作業員の遺骨(福島県南相馬市の真宗大谷派原町別院で)
本堂に安置されている除染作業員の遺骨(福島県南相馬市の真宗大谷派原町別院で)

福島県南相馬市の真宗大谷派原町別院は震災当初、揺れで壁が落ちたが、各地からボランティアが寝泊まりする拠点となった。そこに今、多くの遺骨の箱がずらりと並んで安置されている。

「院代さん」と皆に呼ばれる僧侶の木ノ下秀昭さん(77)が、行路病死者など市の「福祉葬」を震災前から引き受けていた関係で預かっている遺骨のうち十数体は、身元不明の津波犠牲者と、そして老人ホームなど施設に入っていた高齢者。

原発事故で急きょ避難を強いられ、あちこちの病院や避難施設をバスでたらい回しにされているうちに衰弱死した人たちだ。だが、親族が遠方に避難したままで、あるいは連絡さえ取れずに、4年を経ても引き取り手がない。「亡くなってさえ孤独なんです」と木ノ下さんはこぼした。

須弥壇左側に並べられた5体は、国直轄の除染事業のために全国各地から出稼ぎにやって来て死亡した作業員たちのもの。一帯や周辺町村の広大な土地を除染するため、少なくとも7200人以上の作業員が長期の雇用で集まってきている。居住制限区域では宿泊できないので、南相馬市内の詰所・宿舎で集団で寝泊まりする。

「作業も危険で過酷だし、劣悪な生活環境と言わざるを得ないでしょう」。定められた日当は1万8千円だが、「何段階もの下請けでピンハネされ、ひどい条件だという話も聞いています」。

事故直後、大阪の労働者の街・釜ケ崎で手配師が原発復旧や除染に人手を集めに来ている、と支援活動をする宗教者が話した。過疎の地を狙って立地した原発。その事故で住民が追い出される一方、長引く不況で正規労働から押し出された人たちが危険な作業に駆り出される。「棄民」という言葉が浮かんだ。

遺骨の一人は金沢市の男性で、昨夏にハチに刺されて死んだ。もう一人は肝硬変で弱った末の病死。どちらも60代で、もちろん身元も出身地も分かっており、市福祉事務所や警察が連絡を取ったが、家族親類は誰も来なかった。2月に別院を訪れた2日前にも、福岡県の66歳の男性が亡くなった。検視でも死因は不明、やはり引き取り手はない。

「昨年から続いている。今後も増えるに違いない」。心配する木ノ下さんは、市から連絡があると必ず火葬場に出向き読経して弔う。「荼毘葬」という簡素な葬儀で、ほとんどは市職員しか立ち会わないが、福岡の男性の時は仕事仲間が10人ほど集まって泣いていたという。「やはり九州から来た人たちで、思いは同じなんでしょう」

昨年秋に自死した広島の男性(42)の遺骨を、バスを乗り継いで受け取りに来た70代の母親は、「すぐに来たかったがバス代がなかった」と打ち明けた。細々と年金暮らしなのか。出稼ぎ中に家族が崩壊するなど複雑な事情に、不自然なほど無表情な母の様子が木ノ下さんの胸を締め付けた。

「何もかも、こんな世の中になるなんて……」。そう嘆きながらも僧侶として、「そこにこそお寺は寄り添うべきです。そのために、ここに寺があるのだから」と語る。葬儀の「謝礼」はごくわずかだが、きちんと法名も付け、本堂で毎朝懇ろに追悼する。明るくて仲間に慕われた福岡の男性は「釈明応」。

どの遺骨もずっと預かり続け、20年たったら境内にある大きめの墓に入ってもらうつもりだ。「無縁墓」ではない。自らが浄土に還るときに備えて作ったものだ。「無縁なんてあり得ない。縁のない人なんていない。真宗はそう教えています」

(北村敏泰)