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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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12.人を生かしていくのが宗教者の務め

2015年4月17日付 中外日報(5度目の春へ-東日本大震災)

「つながり集まる場を」 30年封印の晋山式敢行

自力再建した本堂の前で作業の準備をする坂野住職(宮城県山元町の普門寺で)
自力再建した本堂の前で作業の準備をする坂野住職(宮城県山元町の普門寺で)

宮城県南部は平地の奥まで津波が押し寄せた跡がまだそのままで、国道からは、家屋や打ち上げられた船の残骸が残る彼方に海岸が望める。その広大な荒野にポツンと立つ山元町の曹洞宗普門寺では、自力で寺を復興してきた坂野文俊住職(52)が今日も黒ジャンパーにニッカズボン姿で作業に励む。

檀家や全国から集まったボランティアの力を借り、廃材を集め、資金をためてはホームセンターで材料をそろえて自ら汗を流して再建した本堂は、ようやく使えるようになった。歯を食いしばってきた震災以降で一昨年5月、入寺以来30年前からお預けにしていた晋山式を敢行したのが大きな転機だった。

「もう式はいい」と考えていたのに、僧侶仲間から「こんな時に、お前はばかか」と言われながら実施したのには大きな理由がある。震災以来、悲しみと苦しみにあえぐ檀家や地域住民に何とか希望を持ってもらおうと盆行事など様々な催しを続け、寺を支援活動の拠点「おてら災害ボランティアセンター」として支えてきた。だが年月を経て、人々は壊滅した地元に戻ることを諦め、仮設住宅を訪ねても疲れ果てて笑顔が消えていた。

「お祭りしかない」。そう決意し、借金と積立金で質素に仕立てた式だが、県内外から修行仲間ら40人の僧侶が参列し、100人余りのボランティアが出店や炊き出しを行い、太鼓演奏なども加わって数百人の大にぎわいとなった。高齢の檀家の見たこともない笑い顔があった。

自分のためではなく、住民の元気のため。そして、確かなことが何もない状況で、「住職は死ぬまでここを守り、皆さんを待っています」という確かな覚悟を示す決意だった。初めて新調した緋の衣で行道すると皆が駆け寄って泣きながら拍手してくれ、住職も涙が止まらなかった。「泣くな」と頭をたたいた先輩は陰で号泣していた。

「つながり、集まる場が大事なんだ」と手応えを感じた住職はその後も、毎月の「てらカフェ」や、檀家が気晴らしに始めた陶芸を教室として開くなど、「することが山のようにある」。酒を酌み交わしながらカラオケをすることも。「周りは野原だし、墓地に眠っておられるご先祖様も寂しくないでしょう」と笑いを誘う。「言葉で説教してもつらい気持ちにまた戻る。何か巡り合えたと実感できるような形にし、そして動かないと」と強調した。

まだ悲しいことは多い。250軒の檀家の半数は町外へ移転。近所では妻と母、子供2人を津波で失った男性が、行方不明のままの生後8カ月の長男を捜して辺りの土を掘り続ける。ひげぼうぼうのやつれた表情に、「私は何も助けられない。でも生きていこう」と声を掛ける。男性は少しずつ落ち着いている。

「人を生かしていくのが僧侶の務めだ」という坂野住職に共鳴するボランティアたちは、人数こそ減ったものの繰り返し遠方からも集まり、センターを基地にいろんな作業をする。震災直後から「押しかけ」で支援に入り、そのバイタリティーでセンター長を務める名取市の介護NPO職員藤本和敏さん(45)にも大きな転機が訪れた。

普門寺のすぐ北側で全壊した青巣稲荷神社の復興を支援し続ける中で、住民から強く推されて昨秋、神職に就任したのだ。「皆さんの心の拠り所がなければ復興もできません」。そう確信しての転身。「そこにいる。それが宗教者の意味、役割」という思いは、住職も神職も同じだ。

(北村敏泰)