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<連載・断面>新宗教⑧

2014年8月22日付 中外日報

資格実践を重ねた結果 組織固めにも寄与

新宗教教団では、「支部長」「教師」などさまざまな資格が設けられている。資格者の役割も、与えられる基準も教団によって千差万別だが、信仰の深まりに従って授与されることに変わりはない。利他行や帰依心といった教えへの思いが資格として表れている。

「宣伝使に任命する」。出口紅・大本教主の凛とした声が、京都府亀岡市の聖地・万祥殿に響いた。7日、出口王仁三郎教祖の生誕を祝う瑞生大祭に併せて行われた辞令授与式。紅教主から直接、辞令を受けた野月泰子さん(50)は「神さまのお許しを頂いたと実感する」と気を引き締める。昨年就任した上田有可さん(47)は「人の言葉を通じて“神さまの言葉”が聞こえるようにもなった」と話す。

宣伝使は教えを宣べ伝える使命を持つ者として王仁三郎教祖が創設。宣伝使だけに許された「み手代お取次」と呼ばれる重要な役目もある。教祖の手の代わりとなるしゃもじ形の神器「み手代」で、神の力を取り次ぎ心身の悩みを解決する。「神さまのご用に仕える喜びを感じる。もっとお役に立ちたい」と2人は口をそろえる。

霊友会には、「支部長」「準支部長」「法座主」などの資格制度がある。資格が与えられる条件は幾つかあり、その一つの目安が会に誘って入会した人の数だ。これだけ聞くと数値目標のようにも受け取られかねないが、木村隆志・企画広報室長は「資格者になることだけを目的に、導きに励むという人はあまりいない」と話す。

同会の教えの大きな柱は、在家の菩薩行を通して世界平和に貢献すること。その具体的実践が、先祖供養と「導き」(縁ある人に菩薩行を勧め、共に実践する修行)だ。

誰かを導くと、導いた人が「導きの親」、導かれた人が「導きの子」という関係になる。導きの親は、導きの子に寄り添い、相談にも親身になって乗る。会社の人間関係、嫁姑の問題、病気など、人が生きていく間に起こるあらゆる悩みが持ち掛けられる。資格の目安となる導いた会員の数は、それだけ人との関わりを持ってきたという証しであり、「行動した結果が資格になって表れているとも言える」(木村室長)。

新宗教を専門とする宗教社会学者の西山茂・東洋大名誉教授は「在家主義教団では、会員が職業を持ったまま教師になるところが特徴。地域に生きる生活者だから、酸いも甘いもかみ分けていて、会員を指導できる。こうした在家の教師が教団を支えている」と説明する。

伝統仏教と同じように「教師」資格を設ける教団もある。立正佼成会の教師は、会員の教化育成、儀式の執行、戒名付けなどを行う。2010年には「準教師」資格を設け、教師になる前に布教や儀式で実践を重ね自然に人材を育てていくことにした。

現在の教師数は約8万人(13年)。高い宗教性が求められるため、資格者の年齢が高くなる傾向にあった。準教師は教会長が認定する。会員と身近に接し、日ごろの精進をよく知る教会長が法器を判断することで、より多くの会員の励みとなり、教団の組織固めにつながるようにしている。

一般社会では、中小企業診断士試験の申込者が01年の約1万人から昨年約2万人に倍増するなど、就職に有利な資格に受験者が集まる。だが教団の資格はそれらとは一線を画す。教団で資格を与え、会員を増やしていく方法は、ねずみ講などの集金システムと同類だと一般社会では断じられることもある。しかし実利とは関係なく、ただ信仰への思いから強い覚悟を持って教師資格を得るケースも見られる。

金光教の「教師」資格は、伝統宗教と同様の教導職。教会長が副業を持つことを禁止されている同教では、制約のない教師の間でも「生涯、お道(金光教)のために尽くす」という姿勢が守られてきた。経済状況の厳しい教会で、運営を支えるため他の仕事に就かねばならないこともあるが、「教師は奉仕に専念するもの」との考えから、教師を辞した上で就職する人も少なくない。

仏教では「法輪を転ずれば食輪が転ずる」といわれるが、金光教の場合でも「誰も参拝者が来なくても、教会の神前にただひたすら奉仕することで道は開ける」と考える教師たちが信仰の規範を示す。信仰の堅固な宗教者は他宗にも寛容で、宗教間の連携にも積極的な姿が見られる。