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<連載・断面>曹洞宗の現状と課題 第2回

2014年11月26日付 中外日報

連記は民主主義に反する

一宗和平を実現

旧選挙制度では、有道会の前身である同真会が議席の多数を占め、同会議員で構成する内局が長期政権を握り、總和会は長く野党に甘んじていた。

そこで總和会は、同真会の反主流派と連立を組み、同真会主流派の内局を倒した。そして、1979年に選挙制度の改革を実現した。両会派の会長だった山田義道氏(同真会)と宮前鳳洲氏(總和会)の協力で、選挙では両会派同数の議員が選出されるようになり、「一仏両祖、両山護持、一宗和平を実現した」と、宗門の分裂を回避したと評価された。宗議会、各委員会、内局、関係学校など全ての役職を両会派が同数で分け合い、今では宗務総長も4年で交代することになった。

この選挙制度改革の原案を作成した永井孝道・朝日寺東堂(90)=元宗務総長、同真会=は「選挙規程を変えるための委員会を組織して2年以上議論を重ねたが良い案ができなかった」と言う。当時、総務部長だった永井氏は、町田宗夫・宗務総長(同真会)から「総務部長としても案を作ってほしい」と依頼され、弁護士と相談し改正案を作成。この案が採用され、投票用紙に永平寺系(有道会)、總持寺系(總和会)それぞれの候補者の名前を連記する同数制が導入された。永井氏は「10年もすれば、もっと良い案が出るだろうと思っていた。選挙区割による有権者数の問題もあり、将来の課題とした」と振り返り、当初からこの制度には問題もあったことを認める。

議会で改正案を可決する際にも、反対意見がなかったわけではない。当時、同真会の中堅議員だった萩野浩基・東北福祉大学長は、素案を見せられ、「これでは駄目だ」と町田宗務総長に告げた。早稲田大で政治学を教えていた萩野学長は、金銭が乱れ飛ぶ、これまでの醜い選挙戦を考えれば同数制には賛成だった。「2台のバスがある。1台は永平寺、もう1台は總持寺へ向かう。それぞれに乗る人(議員)を選ぶが、最終的には宗務庁に到着する。これが同数制だ」と、周囲に説明できた。だが、2名連記は納得できなかった。「選出したくない候補者の名も投票用紙に記入しなくてはいけないのは、デモクラシーになじまない」と感じ、改正には反対した。他にも反対の議員らがいたが、賛成多数で可決された。

總和会でも議論

それ以来、35年間、總和会は現行の選挙制度の維持にこだわり続けてきた。万年野党から与党となり、宗務総長も輩出できるまでになった總和会では、現行制度について議論することすら長らく許されない雰囲気が支配的だった。

2010年に有道会の議員らが2名連記の改革を求めた際には、總和会は「蟻の一穴」として、この改革案への警戒心を露わにした。改革は合理的と見る議員もいたが、同会の橋本壽幸議員(現財政部長)は「この制度改革が引き金になって、現在の体制が瓦解するのではないかという不安があった」と打ち明ける。

また、ある總和会の議員からは「地方によっては永平寺の方が圧倒的にネームバリューがあった。選挙が同数制になったことで、この30年余りでようやく總持寺も認知されるようになったと実感する。この制度のままがいい」との声も聞かれた。

だが、2年前に總和会の会長に鬼生田俊英議員が就任すると、会派内でもようやく制度について議論できる空気が生まれた。

かつては上意下達の体質が強かったが、さまざまなことは議論して決めるのが議会のあるべき姿だという鬼生田会長の考え方が背景にある。

鬼生田会長は、先人が諸問題を解決するために生み出した現行制度の意義を認めつつも、制度改革については否定しない。「議論を尽くす必要がある。その上で、しかるべき時に改革できたらよい。有権者の意思が阻害されるような選挙制度ではあってはいけない」と、議論を深めていくべきだとの考えだ。

選挙制度の一部についての議論が進みつつある一方で、選挙制度の改革だけにとどまらず、宗門や宗議会が活性化するための大局的な改革が必要だとの意見もある。任期4年間の議員が、どこまで真剣に宗門改革に踏み込めるのだろうか。