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<連載・断面>本願寺派現状と課題 第2回

2015年1月30日付 中外日報

「伝道」「貢献」気負わずに

社会ウケ狙い?

「もう駄目です」「助けて……」。浄土真宗本願寺派の僧侶を中心に活動する京都自死・自殺相談センター(京都市下京区)が毎週金・土曜日の夜から明け方にかけて受け付ける電話相談には“死にたい気持ち”を抱えた人々からの様々なSOSが寄せられる。数分の沈黙の後、「あの……」とようやく口を開く人もいる。

同センターは本願寺派総合研究所の自死問題研究をきっかけに2010年に発足した。

竹本了悟代表(37)は「研究員は自死念慮者や自死遺族から相談を受けたが、『自分の対応は本当にあれでよかったのか』という思いを経験した人が多かった。研究にはもともと自死問題に対応するヒントを導き出し、実践につなげていきたいという問題意識があった」と振り返る。

社会貢献活動を促す近年の宗派の方針に対して「教団や僧侶のイメージアップを目的に、何となく“社会ウケ”を狙っている側面を感じる」との声は少なくない。

東日本大震災の被災地支援に関わるある僧侶は「もちろん実際の活動は一生懸命だし、充実感もある。しかし自己満足になっていないかと思うこともある」と打ち明けた。いずれも活動に対する“気負い”が見え隠れする。

教えに血が通う

竹本代表は「我々の活動は結果としては社会貢献活動だと思うが、あまり『社会貢献』という考えにこだわる必要はないと思う」と自然体だ。「他者を救う、ではなく、一緒に生きていきたいという気持ちが強い」と言う。

「浄土真宗の与える救いは孤独からの解放だと思う。仏は常に共にいる。そして阿弥陀様に願われた存在として誰もが共に横並びに生きている」。その思いが活動の原動力の一つだ。

「つらくて限界」「毎日が嫌で消えてしまいたい」。そう打ち明ける相談者に「死ぬことを考えているの?」と問うと、「実はそうなんです!」。

自分の気持ちを分かってくれる人に出会うことで、一人で抱えてきた絶望的な状況が少し緩む瞬間がある。

竹本代表は、そうした安心感を積み重ねながら孤独を抱える相談者と向き合ってきた経験を通して「自分の中で教えに血が通ってきた」という。センターの活動は直接的な伝道ではないが、「浄土真宗という自らの支えを得た以上、自分(自身の姿)を通して、その支えを誰かに知ってほしいと社会に向いていくのは当然だと思う」と話す。

交わることから

参詣者だけを相手とする従来の“内向き”の姿勢にとらわれず、自ら寺の外に出て人々と交わることで社会参画や社会貢献を目指す僧侶もいる。

2013年7月に「坊主BAR“縁”」を地元の若手僧侶十数人と始めた岐阜市の山田龍之介・教徳寺住職(42)は「放っておいてもお寺にお参りがある、という(内向きの)感覚は捨てなくてはならない」と指摘する。

「坊主BAR」は友人が市内で経営するラーメン店の休業日に店舗を借り、毎月第1日曜日に開店。僧侶と親しく仏教談義や人生問題を語り合うスタイルで、毎回50人ほどの来店がある。

以前に若者を対象にした「仏教の話を聞く飲み会」や終末期医療に関する看護師との懇親会を企画したところ、好評だったことがきっかけ。「死生観といった“真剣な話”は同僚や友人とはなかなかできない。お坊さんと真剣に話ができてうれしい」と喜ばれた。

「坊主BAR」では相談を聞くだけでなく、法話やお勤めの時間も設け、僧侶から伝えるべきことは伝える。「縁起とは関係性のつながり」などと現代人にも分かりやすく合理的・論理的に説明すると納得してもらえることが多い。

「お客さんからよく言われるのは『そうなんだ。それが仏教なんだ』ということ。そこにやりがいを感じる」と山田住職。

現代に応じた伝道には工夫が必要だ。だが、変に気負うことはない。「現代の人々に小手先のことは通用しない。仏教の本道をストレートにぶつける。自信を持って働き掛ければよいのです」と強調した。