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<連載・断面>日蓮宗の現状と課題 第2回

2015年2月25日付 中外日報

本山運営は貫首任せ

「本山・末寺は、会社の本社・支社のようなもの。本山の命令で住職が別の末寺に移ることも珍しくなく、本末関係の要は人事権」。宗門史が専門の中尾堯・立正大名誉教授は、日蓮宗の本末関係を企業体に例えてこう説明する。

明治に入り、政府は一宗一管長制を敷いて諸門流の管理を図った。しかし日蓮宗では各本山がそれぞれの末寺の住職任免権を持ち続けるなど、政府の目指す制度と実態に齟齬が生じていた。そこで、身延山中心体制をつくろうとする宗門の動きとも呼応して、本末解体論議が上がってきた。

戦中に本末解体

そして1941(昭和16)年、ついに本末解体が宗会で決議された。宗内にいくつも並立していた、有力本山を中心とするピラミッド型構造を解体。各本山と末寺が横一列に並び、身延山久遠寺のもとに統一して、国家に協力できる体制へと組み替えられた。

近代宗門史を専攻する安中尚史・立正大教授は「明治時代から本末関係解消の動きは出ていたものの、各本山の反対で実現しなかった。しかし、40年に宗教団体法が施行されて国の宗教統制が進むなど、戦時下の特別な空気が解体を後押しした」とみる。

戦後制定された現在の宗憲は、身延山久遠寺を総本山とする他は、「日蓮聖人一代の重要な遺跡及び宗門史上顕著な沿革のある寺院を霊跡及び由緒寺院とし、その伝統により大本山または本山の称号を用いることができる」としている。

宗務院に人事権

つまり、現在一般に言い習わされている「本山」は、末寺を持つわけではなく、歴史や由緒に基づく尊称にすぎない。本末関係の要だった住職の人事権は本末解体後、包括法人である日蓮宗に移った。実質的には各寺の役員が住職を決めるが、その決定を承認するのは宗務院だ。

中尾名誉教授は「本山貫首にも宗務総長が住職辞令を出している。かつての本末関係からすれば、人事権を握る宗務院が寺院運営にも責任を持つべきだと考えることもできる。だが現在の宗門予算約23億円で、全本山に必要な費用を捻出するのは無理」と話す。宗務院予算から支出されているのは、日蓮宗全国本山会への顕彰補助費・年額500万円のみだ。

これまで宗門では、「祖山総登詣」と称して身延山久遠寺への参詣を全檀信徒に働き掛けてきた。「祖山の繁栄なくして宗門の繁栄なし」と、小松浄慎・宗務総長(当時)が積極的に推進し、五重塔の再建とも重なって、総本山身延山久遠寺への参詣は増加した。

また、信仰の継承という観点から各本山の護持も、2021年に迎える宗祖降誕800年記念事業の一つとして取り組む。広告代理店などの意見も取り入れながら、未信徒にも参拝を促す方法を考えていく。

ただ、現在出ている案は本山と周辺寺院を組み合わせた参拝モデルコースや参拝者が長時間楽しく過ごせる参道の形成などにとどまっており、「本山を支える信仰の形成という、問題の根幹には踏み込めていない」との声も聞かれる。

小林順光・宗務総長は「宗門としても本山護持に協力したい思いはある。だが本山によって事情は千差万別。運営は貫首に任されており、統一した方法で対応できるわけではない」と語り、本山活性化の妙案を模索中だ。

統廃合は抵抗感

身延山中心体制ができてからすでに70年以上がたち、かつての本末関係を意識することはほとんどないという僧侶も多い。このままでは“歴史の遺物”と化す本山も出かねないが、「本山を統廃合してはどうか」と問い掛けると、僧侶らは「あり得ない」と口をそろえる。先師が積み上げてきた歴史を自分たちの代で絶やすことには、抵抗感があるというのだ。

一部の地域で本山は「お山」と呼ばれ、その言葉の奥に本山への愛着が感じられる。また本山巡りを楽しみにしている檀信徒も少なくない。こうした思いが残っている間に、多数の本山を擁する日蓮宗ならではの本山護持体制をつくっておく必要がある。