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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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風鐸

宗教や社会の諸情勢について思いをつづるコラム。軒下につるした風鐸の音色のように、読者の心に響くことを願って……。

仏事Q&A

2017年10月4日付 中外日報

久しぶりに会った友人が、父親の葬式を出したという。信仰に縁遠かった父親から菩提寺の話を聞いたことはなく、母親も知らなかった。親戚が集まったところで、何とか寺の名前は出てきたものの、宗派は分からない。慌ててネットで菩提寺のことを調べ、初めて宗派名も知ることになった◆その宗派のホームページを開いた友人は、仏事Q&Aというコーナーがあったので早速クリック。焼香の仕方、葬儀の意味といった項目を急いで読み、戒名の項に目を通したところで気持ちが重くなった。「仏弟子としての名前であり、生前に受けるべき」との回答が記されていたからだ◆寺院サイトなら寺社巡りが好きな人はよく閲覧するだろうが、宗派のページを一般の人が開くことはあまりないだろう。アクセスするのは友人のように、肉親が亡くなって急に宗派のしきたりを知る必要が生じたときということになる◆そこで「生きているうちに」と言われても手遅れだ。それが正しい教えだと頭では理解できても、大切な人を失った悲しみに後悔が上積みされ、やりきれなさが増してしまう◆生前に戒名を受けなかったのは、たまたまその意味を知らず機縁にも恵まれなかったことが原因だ。だとすれば、後悔ではなく希望を与える言葉をサイトに掲載し、遺族を仏縁に導くことが現代人と宗派をつなぐ鍵になるはずだ。(有吉英治)