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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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風鐸

宗教や社会の諸情勢について思いをつづるコラム。軒下につるした風鐸の音色のように、読者の心に響くことを願って……。

老僧とAI

2017年11月8日付 中外日報

十数年前、インドの仏跡を旅してきた老僧に取材したことがある。「やっと、自分の言葉でお経を唱えられるようになった気がする」。巡拝の感想を聞くと、そんな答えが返ってきた。本物の坊さんになれた気がする、ともおっしゃっていた◆老僧は、それまでに何万遍となく読経してきたに違いない。その人をしてこの感想であった。僧侶にとって、経典を唱えるということはどんな意味を持つのか。考えさせられた記憶がある◆読経する「ロボット導師」が登場し、話題だ。人工知能(AI)を搭載した人型のロボットが、木魚をたたいたりしながらお経を唱えるのだという。かの老僧が見たら、何と言うだろう。眉をひそめ、けげんな顔をされるだろうか。本物の僧侶になるため、渡印を勧めるかもしれない◆AI技術の進歩は目覚ましく、産業分野だけでなく社会そのものの在り方にも大きな変革をもたらそうとしている。ロボット導師を引き合いに出すまでもなく、宗教界に対しても少なからぬ影響を及ぼすはずである◆既に、千葉県のとある寺では数年前から、ペットロボットのための葬式が営まれていると聞く。弔いたいと思う人、供養したいという要望があってのことだろう。ロボットが成仏するかどうかはともかく、遠からず訪れるAI社会に宗教界はどう向き合うか。問われる日が訪れるのも、そう遠くはなさそうだ。(三輪万明)