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札所山主の総出仕のもと、十一面観音の宝前に表白を捧げる田代化主(中央奥)、徳道上人の御影を前にした鷲尾会長(左)
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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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風鐸

宗教や社会の諸情勢について思いをつづるコラム。軒下につるした風鐸の音色のように、読者の心に響くことを願って……。

沈黙の罪

2018年4月11日付 中外日報

『東日流外三郡誌』や『武功夜話』の発見が大きなニュースになったのはそれほど古い話ではない。前者が青森県の旧市浦村の『市浦村史 資料編』で初めて紹介されたのは1975年。5巻本の後者が刊行されたのは87年で、書店に平積みされていたことを覚えている◆『東日流外三郡誌』は、捏造と指摘する人々と「耶馬壹国」説で知られた古田武彦氏ら擁護派の間で論争があったが、今日では偽書とする評価がほぼ定着している。『武功夜話』は後代の偽作と排斥する意見と、一定の史料的価値を認める立場に分かれ、遠藤周作氏ら著名な作家がネタ本に利用してきた◆アカデミズムの研究者はこうした真贋問題で言挙げするのを避ける傾向にあるらしい。歴史学者の座談会で「偽文書を作る人もきちっと明治の地名を入れたりして、これは違うものだよということを示しているかもしれないな(笑)」と片付けているのを読み、なるほどそういうことかと思った◆世間を欺く問題にも厄介だから関わらず、斜に構えて「(笑)」で受け流す。それが専門家といわれる一部の人たちの作法なのかもしれない。そこにある種の知的な傲慢と怠惰を感じるのは筆者だけだろうか◆こうした怠惰と傲慢はアカデミズムの世界だけの問題ではない。良識を示すべき時であるのに沈黙を守るようなことは誰にでもある。自戒したいと思う。(津村恵史)