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風鐸

宗教や社会の諸情勢について思いをつづるコラム。軒下につるした風鐸の音色のように、読者の心に響くことを願って……。

説教料

2018年10月31日付 中外日報

落語を聞いていて「説教料」という言葉が耳に留まった。若い者が集まった席で小言を言った年長者が、「説教料だ。気晴らしして帰ってくれ」と飲み代を置いていく。江戸っ子の粋な文化なのかもしれない◆かく言う筆者も50代となり、若手社員からうっとうしがられる存在になってきた。つい口幅ったいことを言ってしまう我が身を省みて、落語の兄貴分のような振る舞いができる年の取り方をしたいと思う◆説教といえば宗教界では日常的に行われているが、法話をした僧侶が聴衆にお金を渡すなどということはない。ありがたい話を聞かせてもらった人が、その思いの表れとしてお布施を置いていくのが普通だ◆しかし近年「寺離れ」が頻繁に叫ばれることを考えると、果たしてお布施を出したくなるような説教が行われてきたのだろうかと不安になる。むろん多くの説教では心洗われる気がするのだが、時に寺離れを加速させかねないと思える法話に出くわすこともある◆ありがたい話だけなら、満載した書籍がたくさん出版されている。説教する人に必要なのは、教えを体現している姿であり、自然と言葉に耳を傾けたくなる人格ではないか。生きることに悩む人が話を聞いて、お布施を出したくなるような若い宗教者が今後増えることを願いつつ――、さて筆者の文章はお金を払っていただけるだろうか、それとも……。(有吉英治)