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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

はじめに(5/5ページ)

2011年12月22日付 中外日報

晩秋。児童・教師84人が死亡、不明になった宮城県石巻市の大川小学校は瓦礫の山に囲まれていた。祭壇代わりの校門に若い母親が黙ってしゃがみ込み、花を供えている。添えた手紙には「あなたの結こん式にはいろんなドレスも着せてあげたかった…お父さんとお母さんの夢は夢でおわってしまいました」。

最後まで避難を呼び掛け続けた役場職員が津波にのまれた南三陸町では、廃虚となった庁舎に立てられた卒塔婆が風に傾いでいた。

700人が亡くなった名取市閖上。お年寄り10人が寝たきりのまま流された老人ホーム跡には、腰まで草が茂る庭に赤い車椅子がひっくり返ったままだ。岩手県釜石市の廃校舎には、何カ月も経て遺体の一部で発見される身元不明者が番号を振って安置されていた。

そして、新聞紙面を埋めた幾多の犠牲者たちの名前、その一人一人に語り尽くせない人生があり、縁ある人々との物語があった。原発事故前に妊娠した女性は「中絶します」と告白した。生まれる前の生命だ。「四苦」の中でも時に最も残酷な形で現れる「死」。

それらあまたの「いのち」が無残に失われ、なお危機に瀕する大震災の地から、歩みを始める。

ようやく始まったかに見える「復興」の陰で、なお「苦」の叫びが聞こえる。そこに、宗教者たちはどのような姿を見せているのだろうか。「いのち」に寄り添うとはどういうことなのだろうか。

(北村敏泰)