ニュース画像
倒壊した浄土真宗本願寺派法城寺の鐘突き堂(むかわ町)
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

序章(5/5ページ)

2012年1月12日付 中外日報

宗教界総がかりで

宗教界と学者らで情報交流の「宗教者災害支援連絡会」を立ち上げた島薗進・東京大学大学院教授(宗教学)は、宗教者の取り組みに新たな動向を見いだす。まず、「上から助け慰める」のではなく、被災者と同じ高さの目線に立とうとしながら、寄り添うタイプの支援活動が増えてきた点。

次に、宗教宗派を超えて連係し、教団に属していても個人として少数の仲間と行動する傾向が目立ってきたこと。そして、伝統的な儀礼や行事の重要性が再認識され、その伝統を賦活させる役割を担う者としての宗教者の役割が増えてきたこと、という。

前二者は貧困者支援や自死防止など「震災以前から新たな動向として大都市の孤立した住民の支援活動などを通して形成されていたものと軌を一にする」と同教授はしており、「開かれた関係の中で、安定した帰属感や行動様式を放棄して新たな絆や生き方を見いだそうとする傾向」とも見ている。

一方で、各宗教教団もいろんな形で支援を展開した。追悼法要、義援金、援助物資の配送など、それぞれの組織力が生かされた。天理教では日常から訓練を続ける災害救援隊が大規模に派遣された。それは「体を借り、守護されている神恩への感謝の心から来るひのきしん」とされる。

数多くの取り組みに共通するのは、震災の以前から社会のさまざまな「苦」に向き合い、行動によって宗教を人々の中に生かそうという姿勢だった。

現地に何度も赴いた研究者は「仏教界が見せた大きな力は、悲しみから生まれる力だ。宗教は死者にも生者にもできることがある」という。まさしく日本宗教界が総がかりでこの苦難に対処した。その中で宗教者たちはさまざまに苦悩し信仰に従って行動したのだ。

岩手県陸前高田市の87歳になる女性の真宗門徒は、息子夫婦が自分と近所の老女たちを救って津波に消えた悲しみを、避難所では心に封じていた。1カ月後にやっと寺に参ることができ、本尊の前で慟哭した。「泣ける場が与えられてありがたい。これからは前向きに生きたい」

南相馬の門徒夫婦は、周囲の人が亡くなる中で九死に一生を得た。親鸞聖人750回遠忌を機に「これから教えを学びたい」と本山本願寺で帰敬式を受けた。

長野県の臨済宗の住職は、震災当日の夜から動き始め、医療チームと福島や岩手に張り付いた。以来、現地と自坊、東京、関西を行き来して活動を続ける。

以前からチェルノブイリやタイのエイズホスピス支援、地元長野では総合的な福祉・文化活動を行ってきた行動的な僧侶として知られるが、衝撃で「従来考えられてきたことが崩れた」と感じ現実に心がふさがった。

各地での講演で「宗教者の覚悟と行動」を力説する。その胸には「この震災、大量死で宗教が根底から問われている」との思いが去来していた。

苦の現場で「いのち」に寄り添うもの。それも「いのち」だ。

(北村敏泰)