ニュース画像
倒壊した浄土真宗本願寺派法城寺の鐘突き堂(むかわ町)
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> いのち寄り添うリスト> 死と向き合って 1
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 1(2/3ページ)

2012年1月14日付 中外日報

岩手県大槌町にある曹洞宗江岸寺の僧侶、大萱生知明さん(46)にとっても、ごく普通の一日になるはずだった。

ドーン。地震で慌てて閉めた本堂の鉄製防火扉が轟音と共にはじけ、黒い水塊が押し寄せた。須弥壇の前で梁まで達する濁流にのみ込まれ、体が上下に何度も回転した。訳が分からず、水中で必死でつかんだのは大きな太鼓の取っ手。たまたま押し寄せた瓦礫が当たって台から外れた太鼓と共に浮き上がった。

何かの上によじ登ると、頭から天井まで30センチほど。第2波で水位がぐん、ぐん、ぐんと首まで上がり、夢中で天井をたたいて空気穴を開けようとしたが無理だ。「これで死ぬんだ」と思った。

ふと、水が少し引き始めた。「ああ」と思うのもつかの間、本堂がバキバキと凄まじい音を立てて崩れ始める。生きた心地がしない中、向こうで近所の老夫婦が斜めになった畳にしがみついていた。どうしようもない。

開いた窓から「誰かいるか」と叫ぶのが聞こえたが、声が出ない。しばらくしてようやく発見され、瓦礫を乗り越えて脱出した。助け出された老夫婦は皆が逃げた寺の裏山に上がったが、びしょぬれで全身がけいれんしていた。

ほどなく、二人とも息を引き取った。凍死だ。地獄の始まりだった。

津波が来たのは地震から20分ほど後だった。川の水がスーッと引き、地元の160人ほどが次々寺へ逃げてきた。海からは600メートルほどの距離にある小山の麓、避難所に指定されていた。

知明さんは兄の良寛副住職(53)と誘導に当たり、平地の寺から山斜面の墓地に上がるよう呼び掛けたが、足腰の弱いお年寄りら30人余りが本堂内外に残った。

そこへ大量の家や車を巻き込みながら波が押し寄せ、ほとんどの人が犠牲になった。父の秀明住職(82)もその一人だ。兄弟は波にのまれ、急を聞いて墓地から駆け降りてきた良寛副住職の長男寛海さん(19)は、皆を助けようとして自分は流されてしまった。

辛うじて這い上がる副住職が絶叫する前で、最後は寛海さんの手だけが水面から出ていた。将来は江岸寺を継ぐため愛知学院大学に在学中で、たまたま休みで帰省していた。眉のきりりとした父親似だった。