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倒壊した浄土真宗本願寺派法城寺の鐘突き堂(むかわ町)
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 2(3/3ページ)

2012年1月17日付 中外日報

遺族と法要の段取りさえゆっくりと話もできず、もうだめだと思った。「つらくて精神的に限界。逃げたかったです」と告白する。

だが、これは非常事態だと気持を据えた。信仰は揺らいではいない。「皆さんの苦しみ、悲しみをいかに受け止めるか。それが寺の者の務めだ」と。

震災前に預かっていた100体ほどの遺骨が流され、檀家には「仕方ないよ」と言われたが申し訳なく思っていた。8人のうち1人だけ生き残った山持ちの総代は「再建するならうちの木を全部使ったらええ。だから、やるっぺし」と言った。

「お寺を壊れたままになんかできない。自分らがやるしかない」と覚悟ができた。

7月中旬に本堂を解体したのが仕切りだった。「盆前に何とかしなくては」。迷いがなかったわけではない。離れた別院の土地に移ることも考えた。「寺はどうなるんか」と強く言ってきていた檀家は、移転をとても不安がった。

兄弟で悩んだ揚げ句、皆のこだわりがよく分かった。「お年寄りも遠方まで通えないし」。何より450年の伝統ある寺基に、多くの先祖が眠っている。寺にとって「場」は大きな意味を持つことが実感された。

知明さんらにとっても生まれ育った地だ。子どものころは近くの海に潜り、ウニやアワビを捕ったものだ。「離れてどうするのか。ここしかない」。そう決意した。

(北村敏泰)