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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 3(3/3ページ)

2012年1月19日付 中外日報

江岸寺では9月には98畳敷の仮本堂が完成し、本尊釈迦牟尼仏は仏師が寄付してくれた。ようやくそこで葬儀も行えるようになった。「仮設でも、位牌がなくても、手を合わせてもらえればそれでいい」。プレハブ寺務所では新しく作り直した檀家のファイルが机に並び、頻繁に訪れる客に兄弟が丁寧に応対する。

知明さんの考えは、地元の人々とのつながりで揺るぎないものとなった。「皆、昔から知っている人。被災して、そしてこれから生きていくその方がどう思うか、どうしたいかが大事です」。地域の住民の入学式とか結婚式とかそんな人生の節目の最終形が葬式、それをしっかり行うのが寺だと再認識した。

そのためには日常からの、その人の身になった深い付き合いが重要。この震災で「葬式無用論」がかすんだといわれるが、「見たこともない坊さんが来て大金がかかるからそんな論が出る。ここではあり得ん」と自信がある。だからたまたまよその避難先で戒名を受けた人でもきちんと供養することにしている。

儀礼というものに本来内在している力が、関係性の中で賦活している。

津波に消えた父秀明さん(82)と良寛さんの長男寛海さん(19)の遺体は、年を越しても見つからない。だが、葬儀は「檀家さんたちの一周忌が済んでから。そちらが先です」。そう言う良寛さんは暮れに住職を継ぎ、知明さんも副住職として寺再建に力を合わせることを誓い合った。

以前から寺へ茶飲み話に来る人が多かった。兄弟は何十年も欠かさず、空いた時間があれば必ず墓地や裏山の草刈りや掃除をした。すると近くの人が手伝ってくれた。

昨年大みそかは梵鐘が破壊されて除夜の鐘さえ突けず、正月の初参りもなかった。だが寒気の中、裏山で墓の間に散らばった瓦礫を片付けては一輪車で捨てる知明さんの姿があった。

「少しでもきれいにしないと来た方が悲しいでしょう。復興の形が見えるだけでも10年はかかるかもしれないが、少しずつでもそちらに向かっていることを示したい」。そう言いながら一つずつ、また一つずつ、小石を拾い集める。

(北村敏泰)