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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 4(1/3ページ)

2012年1月21日付 中外日報
地元の寺院には、火葬後になお身元が不明の遺骨が安置されている(岩手県釜石市で)
岩手県釜石市で

安置所に通いつめて

死者と生者取り結ぶ

体育館の冷たい床に、わずかな隙間で数十人の遺体が並んでいた。納袋に入ったもの、シートがかけられたもの、ずたずたになった衣服の上から荒縄で巻いたものもある。瓦礫に押しつぶされて無残に変形している。ほとんどが苦悶の表情で、開いた口に泥や土が詰まっていた。

「目を開けたままだと疲れるから。ほら、お休みなさい」。東日本大震災発生翌日の3月12日、岩手県釜石市の遺体安置所になった旧第2中学で、民生委員の千葉淳さん(70)は、若い男性の遺体に話し掛け、そのまぶたをそっと押さえた。

空をつかむように曲がったまま硬直した腕を、慣れた手つきでもみほぐして伸ばし、顔の泥を拭うと、「Yさん、きれいにして仏さんのそばへ行きましょう」と声を掛けた。「みんな昨日まで普通に生きていたんだから」

色黒でがっしりした体を折って床にしゃがみ込む千葉さんの背後には、急きょ安置所担当になった市職員たちが、遺体を遠巻きに引きつった表情でたたずんでいた。

港町釜石は津波の直撃を受け、1200人近くが死亡・行方不明となった。警察や自衛隊、そして顔見知りの被災者たちの手によっても収容された死者は、廃校の同中体育館に運ばれ、2日後には100人をすぐ超えた。唯一の火葬場が破壊され、燃料の重油もないからだ。

急を聞いて駆け付けた千葉さんは惨状に頭の中が真っ白になった。被災した市役所からショッピングセンターに移った災害対策本部で、知人である市長に掛け合い、安置所の世話や火葬までの支援を買って出た。3年前まで、長く葬儀社に勤めていたのだ。