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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 5(2/3ページ)

2012年1月24日付 中外日報

葬儀社に入ったのは「たまたま働き口があったから」だった。だが長年勤めて、やりがいを実感した。「仏さんに尽くせた、ご遺族に感謝されたということです。やはり人と人とのつながりでしょうね」と言う。

だから、引退後も高齢者の見守りや地域活動に走り回った。人と知り合うのが大好きで、地震の日は公民館でお年寄りの卓球大会を開いていた。

かつて葬式の場で参列者に仏壇の飾り方など仏事の作法を事細かに説いた。煙たがられることがあったほどだ。母が寺の娘でよく連れられて出入りし、身に付いていたのだ。そして今、「葬儀も、人と人のつながり。こぢんまりでもいいので大事にしなければ。葬式無用などあり得ない」と言う。

被災地では葬儀をめぐって様々な動きが見られる。法外な料金を取られた、「遺体安置料が4日で80万円」といったトラブルも多い半面、7月だけで2年分の仏壇が売れた、葬式が急増した盆前には寺院の「戒名料」受け取り自粛が広がっているとの報道もあった。

釜石地方でも以前は「院号」が高額で取りざたされ、忌明けにホテルで宴会をするなど葬送に費用がかかる傾向もあったというが、震災以降は各地で布施なしで供養する僧侶も目立つ。

宮城県では社屋が津波で水没し社長も亡くなった街の小さな葬儀社が、残った従業員総出で被災者に務めを果たしている。「弔い、送る」。取りも直さず、その内実こそが問われているのだ。

釜石には冬になってもまだ瓦礫の山が残る。千葉さんの案内で訪れた旧2中には、なおあちこちで発見される身元不明の犠牲者が「ウ 大部分24」などの認識番号を振られ、棺に眠っていた。