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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 5(3/3ページ)

2012年1月24日付 中外日報

千葉さんらの取り組みを追ったノンフィクション作家の石井光太さん(34)は、アジアや世界各地の戦場や飢餓、貧困の現場を取材してきた。「悲惨な死を受け止める覚悟なくして復興も未来もない」という思いから、やはり震災の苦難の地に寄り添ったのだ。

その著書『遺体 震災、津波の果てに』に仮名で登場する生後間もない男の赤ちゃんの遺体をめぐる逸話について、後日に「私の子だと思う」とのメールが届いた。釜石の30代の男性からだ。現地に赴き、市の窓口や千葉さんら関係者に経緯を詳しく再確認した。

そして、「あの子がたとえ54日でも生きた記録が本に載るならありがたいのです」というその父と母の願いに応え、次の第5刷から実名にした。「雄飛君」と。

石井さんは昨年10月に開かれたシンポジウムで釜石の惨状を報告し、「人間は弱く、様々な局面で誰かを頼る。その相手は一瞬『小さな神様』になる。そうやって死を受け入れ癒やされていくこともある」と、宗教的意義に言及した。

ディスカッションした臨済宗妙心寺派神宮寺住職の高橋卓志・龍谷大客員教授は被災地支援を続けた経験から、「この大量死にどう向き合うか。宗教はそれに耐えられるのか、根底から問われている」と提起した。

メメント・モリ(死を思え)。死者をめぐる「苦」の現場は果てしなく広がる。

(北村敏泰)