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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 6(3/3ページ)

2012年1月26日付 中外日報

東北地方でも、数十年前まで各地で土葬がかなり広く行われてきた。本郷住職は「ここでも昭和46年までしていた。その前は火葬なんて熱くていやだと言ってました」と言う。にもかかわらずなぜ火葬より土葬が忌避されるのか、それは住職にも分からない。

だが、そこになお一層の悲嘆がある限り、それに向き合い、癒やすことを考えた。「それが坊さんの役割です」。穴の傍らには焼香台を備え、棺を埋める際には花を供えたり遺族にも少しずつ土をかけて祈ってもらう。昔の土葬の儀礼だ。

葬送の儀礼作法には、あえて決まりきった儀式とすることによって送る側の心の負担を軽減し、悲しむことに専念してもらう「グリーフケア」の重要な側面があるとされる。一昨年来の「葬儀無用論」に関係して「儀礼の意義」がさまざまに論議されてきた。

だがこの仮土葬は「葬儀ではない」、と本郷住職は強調する。俗名のままで、引導も渡さない。それは亡くなった人が他の寺の檀家かもしれないからだ。実際に、クリスチャンで牧師を呼んできた遺族もいた。それほど本人の信仰、宗教性は大事だ、しかもこんな時こそ、と思っている。

背景には、「檀家を取るのでは」と流言がされた事情もあり、実際に別の地方では他寺院の檀家を混乱の中で自分の寺へ囲い込むというトラブルも起きている。しかし本郷住職は、「あくまで供養。私の気持です」と布施も受け取らず、四十九日法要も寺側の判断で檀徒会館で営んだ。

遺族には「お預かりしておきます」「必要なら菩提寺の和尚さんと相談していつでも自由にお参りに来てください」と伝える。隆博副住職は「それで皆さんが安堵されたかどうかは分かりません。でもそうするしかありませんでした」と言う。

だが、遺族が少しは落ち着いた様子を見て本郷住職の心も安らいだ。寺檀関係を超えて、地域での寺の役目を果たせたと思った。しかし、遺族らがあらためて悲嘆に暮れる事態が待っていた。

(北村敏泰)