ニュース画像
非常時の心構えや地域連携が論じられたシンポ
主な連載 過去の連載
エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> いのち寄り添うリスト> 死と向き合って 7
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 7(3/3ページ)

2012年1月28日付 中外日報

「故人を囲んで親戚や縁者が集まってつながりを確認するのが供養。寺はそのためにある『縁』の場所だよ。一緒に思い出のビデオも見たらいい。料理など心配せんでも寺が準備する」と普段から言い続けている。

月参りや盆の棚経の習慣もないため、例えば施餓鬼供養などをして寺に人が来るように工夫した。農閑期に、本山への団体参拝も企画した。

そんな関係を強固なものにするためには、「寺に『いる』のが住職。何があっても朝から晩まで働いて寺を守り、お檀家に安心してもらって皆さんとつながるのが仕事です。坊さんが偉そうにしていたら駄目」と。

観音院は海岸から6キロ離れていて無事だったが、地域の13寺院は3分の1が被災した。

観音院の檀家も犠牲になった。50代の女性は津波に追われ、JR常磐線の踏切に阻まれて遮断機を必死で手で揚げているうちに流されてしまった。500メートル離れた場所で1週間後に遺体となって発見された。

この災厄を地域で語り伝えていかねばならない、と本郷住職は考えている。「亘理はチリ地震津波でも死者が出たのに、今回はこんな大津波が来るとは想像できなかった」。だから寒くて服を家に取りに戻って巻き込まれた人もいた。

「原発事故など国もいろんなことに早めに対応すべきだが、人間の生き方、世の中の在り方自体を考え直すべきです」。それも宗教の役割。そして「生きる」ために、いのちを守る手だてを100年後にも言い伝える義務があると思っている。

昨年3月の「あの日」の2週間後に、住職の引退と隆博副住職の晋山式が予定されていた。それは当分、延期されたままだ。

(北村敏泰)