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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 8(2/3ページ)

2012年1月31日付 中外日報

海岸から約1キロの老人ホーム「うらやす」では、ベッドに寝たきりのお年寄りがそのまま流され、介護士らが腕や襟を懸命に引っ張ったが、10人以上が波にさらわれた。その廃虚の玄関には線香と花束が供えられており、内部は各部屋のドアや窓、家具が全てなくなっていた。

泥が沈殿した床には湯飲み茶碗など身の回り品が散乱し、つかまり歩きした入所者の手の跡が残る廊下の手すりに、流入した大量のごみが引っ掛かっている。

当日が卒業式だった閖上中学校は14人の生徒が犠牲となり、操業中の事業所は従業員の多くが濁流に消えた。そのようなおびただしい遺体を市の職員たちが迎えた。

木村さんは仙台市内の海からは遠い所を車で移動中に、激しい揺れに見舞われた。すぐ役所に戻ると、市長と幹部40人が集まって災害対策本部が設置された。建物倒壊被害などの情報が集まり始めたが、津波のことは入って来なかった。

「何だこれは!」。テレビニュースの画面を見ていた職員が叫ぶ。見慣れた名取の沿岸部が津波にのみ込まれていく様子に、誰もが呆然とした。家も田畑も。音がなく、上空から撮影するヘリコプターの飛行音が聞こえるばかりの不気味な映像に戦慄が走った。

大量の死者が予想され安置所設置の話になった時、「うちでやりますわ」と手を挙げた。クリーン対策課は普段はごみ処理などが担当で、防災計画には瓦礫処理部門で位置付けられている。だがすぐには仕事がない。

ふっくらした顔にメタルフレーム眼鏡の木村さんがいつもの優しい目で10人の課員の表情をうかがうと、皆が覚悟を決めているようだった。火葬場も課の所管だからだ。

引き受けたのは、あくまで役所内の仕事の流れだった。僧侶として遺体には「慣れて」はいるが、後で言われたようにそれが理由ではない。木村さんは自己の僧侶としての役割は「社会の中で、その一員としての仕事をすること」と考えている。公務員としても、副住職としてもだ。