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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 10(1/3ページ)

2012年2月4日付 中外日報

葬儀は所作じゃない

忘れないが一番の供養

宮城県名取市の安置所からは、毎朝早くから火葬場へ遺体が搬出される。身元不明で、あるいは家族のほとんどが死亡して引き取り手のない場合はかなり遅れる。

4月1日までずれ込み、40体余りを東京の斎場に向けて送り出すことになった際、クリーン対策課長の木村敏さん(51)は、初めて真宗大谷派宝林寺副住職の僧侶として立ち会った。

運送会社に手配した10トントラックが出るのは午前5時。その前の「公務員ではない」時刻、まだ真っ暗で底冷えのする4時すぎに、いつもはネクタイ姿の上に着ている防災服を脱いで「間衣」と呼ぶ黒い略法衣を羽織り、輪袈裟を着けた。

前夜から準備していた念珠を手に、「大無量寿経」を上げた。阿弥陀如来の「第十八願」によって誰もが極楽に往生することを説く。太く低い声で念仏を唱えた。せいぜい5、6分で、遺族もいない。自衛隊員が荷台に遺体を積み、課長補佐と課員の3人だけで見送った。

「何もなしでお送りするのはあまりに悲しかったからです。自分は坊さんだなあと感じました」と振り返る。膨大な人数のごく一部だが、寄る辺ない死者に寄り添うことができた。最後に不明遺体を送り出した14日には、火葬協力へのお礼がてら東京まで出向いた。

木村さんの仙台市内の自坊は門徒が230軒。役所勤めをしながら、少ないながら葬儀や法事もこなしてきた。市職員の家族の葬儀を依頼されることも。だが震災での体験で、従来の「形式」としての弔いが無力だったのではと感じた。

「葬儀は所作じゃない。坊主が出てきてお経を読むから葬儀なんじゃなくて、きちんと送ること。いかに心を込めて故人を送るかが大事なんだと身に染みました」