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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 13(1/3ページ)

2012年2月14日付 中外日報
児童らが描いた壁画は上部が崩れ、一部が残っていた(宮城県石巻市の大川小で)
児童らが描いた壁画は上部が崩れ、一部が残っていた

自責に苦悶する親たち

宗教は支えられるのか

宮城県石巻市立大川小学校の廃虚に通うのは、地元大川地区にある浄土宗大忍寺の福井孝幸住職(45)だった。「こんなにひどいことになるなんて」という思い。檀家の子供もここで4人亡くなった。

「地区の寺で自分が一番若く、自坊も無事だったので、私が来るのが当然です。近くの曹洞宗のお寺は流失しました」と説明するが、住職の高校生の長男も卒業生であり、何より住職自身の母校だった。

瓦礫が少し片付き、近づけるようになった5月初めから車に線香や鈴などの法具を積み、連日読経に来た。壊れた校門の石柱は低い所にあったため、再び浸水しないよう移動した。

門前の祭壇には当初、卒塔婆が1本あるだけで、百カ日を前に黒御影石の供養碑を自費で建立しようと石材業者に手配した。知り合いの業者はその代金を受け取らなかった。「児童七十四霊位 教師十霊位」と刻まれている。

その前にがっしりした体をかがめて香を焚き、拍子木を鳴らしながら浄土経、そして念仏を唱える福井住職の声はしかし、土砂を処理する重機やダンプカーのすさまじい音でかき消され、供えられた白菊の香りも汚泥とゴミの臭いに紛れた。

だが一日も休まない。近隣はもともと街外れで、津波で人家はほとんどなくなった。日中の法務で来るのが早朝や深夜になることもたびたびで、学校の周りに誰もいない時も多い。

しかし、その供養する姿を知る遺族には、一瞬にしてわが子を失った苦悩がわずかでも和らぐ糧になったかもしれない。「それでいい」と住職は思う。