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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 13(2/3ページ)

2012年2月14日付 中外日報

新聞報道によると地震の日、全児童が固まって行動したのに行方不明は18人に上った。警察は川の底から土中まで「骨や歯の一本も見逃さない」意気込みで探索し、親たちも加わった。死は何とか受け入れざるを得なくても、たとえ一目でも姿を見たいとの気持だ。

四十九日に当たる4月28日に、6年生の女児の遺体が数百メートルも離れた瓦礫の下から発見された。遺体安置所で、学校へ出掛けた時と同じズボンや足に結んだミサンガから身元が確認された。「今までごめんな。ごめん」。父親の運転するワゴン車で、自宅へ帰ったと伝えられる。

この震災による幼い犠牲は、各地で相次いだ。同じ石巻市立の釜小学校では25人が死亡、不明となった。

市内中心部の幼稚園では、地震で園児たちを急きょ自宅に送る通園バスが津波と直後の猛火に見舞われた。3日後に母親たちが捜しに行くと、焼け焦げた車体の中に園児4人の遺体が抱き合うようにして見つかった。「熱かったね」と号泣する母親の姿があった。(「朝日」「毎日」「読売」各紙より)

他の被災地でも、残された親たちの苦悶は深い。「なぜ助けてやれなかったのか」といつまでも自分を責めるケースも多いという。そのような気持を、誰がどのようにして支えればいいのだろうか。例えば「無常」ということを単に言葉で説くだけなら空疎で無力であろう。