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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 13(3/3ページ)

2012年2月14日付 中外日報

大川小の四十九日法要では、全員の写真が祭壇上に並んだ。体育の赤帽姿、Vサイン、おどけた笑顔や「おすましさん」も。失われたものはあまりに大きい。

津波の際の避難誘導に問題があったのではないかと、保護者らのわだかまりは募った。学校側と市教委は1月22日に開いた説明会で不備を認め、謝罪した。だが、「人災の面もあった」との謝罪の言葉は、遺族らの胸のつかえをかえって大きくしたのではないか。

そんな苦しみを抱え父母たちが協力して、なお不明の子供たちを捜し続ける。巴那ちゃんの両親も。年末にも厳寒の中、保護者らはパワーショベルで周辺の地面を掘り続けていた。

福井住職は、読経に通うのをいつ終えるのか分からないという。「どこかに子供たちが埋まっているかもしれないじゃないですか」。いのちに寄り添うとは、死者にも寄り添うこと。悲しみに向き合う宗教の力が問われている気がした。

校庭の裏に回ると、児童らが「雨ニモマケズ」の詩を描いた壁画が崩れて一部残っていた。世界の子供たちが笑顔で手をつなぐ絵に添えて、「世界が全体に幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と宮沢賢治の言葉が読める。

かつてここで学び、はしゃいでいた子供らの声に耳を澄ましても、聞こえるのは風の音だけだ。

あの日、皆が逃げていたら助かったかもしれない裏山に登った。校舎の残骸と同じ高さの瓦礫の向こうに、北上川が輝きを見せて静かに流れる。西の空には、鮮やかなオレンジ色の夕焼けがどこまでも広がっていた。

(北村敏泰)